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July.16.2024

東京鐵道遺産

天空の城ラピュタのような、新橋駅前のC11 292号蒸気機関車
同機は、戦争末期の1945年に製造された戦時設計された号機で、ボイラー上部の蒸気溜や砂箱が簡略化され、除煙板に代用材として木材が使われていました。
二葉橋架道橋柱頭部に施された鋳鉄製の装飾
架道橋は1910年(M43)に完成しております。

鉄材はアメリカから輸入し、石川島造船所が製作を担当、市街地域の騒音に配慮し、砂利を詰めた有道床桁としました。この下を市電が通っていたため桁下は4mあります。

新永間市街線高架橋 1910(明治43)年
煉瓦造連続アーチ橋の部材である煉瓦と鼻黒煉瓦は、日本煉瓦製造で製造された良質なものです。
基本設計はドイツ人技師フランツ・バルツァが、当時のベルリンのシュタットバーン高架橋をモデルとして設計したようで、浮き彫りと呼ばれる小さなアーチなども再現されています。

内山下町橋高架橋区間はとくに地盤が悪く、煉瓦アーチの径間を12m(他の区間は径間8m)としており、アーチ厚も小口1枚分厚く、数箇所に倒壊を防ぐためのグループ橋脚と呼ばれる大きな橋脚が設置されているなどの構造的特徴がみられます。

アーチとアーチの間の鉄の扉は、鳩などの侵入を防ぐためにあるようで、この部分を軽量化と資材節減を兼ね空洞としていることが、ベルリンとは異なります。※ 手前がグループ橋脚

日比谷OKUROJI

山手・京浜東北線の煉瓦アーチと東海道・新幹線のPC橋が対比する約300mの高架下空間は1964年の東京オリンピックに合わせて開発、2020年に再生されました。
山下橋架道橋と産直横丁
左が東海道本線/1942年増線、右が東海道新幹線/1964年開業


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