June.08.2026

糸島の海を望むLondon Bus Cafe

November.21.2025

Private Space ZAO, Act 2

ZAOが第二幕オープンしてAirbnbに載りました。
以前の森とは対照的に、明るい大地が広がり、新たに創造されたサ飯エリアには、プロジェクターが設置されています。
テントサウナのアメニティも充実しており、外気浴はタープを張ったウッドデッキで、置き畳をして寝そべるもよし、インフィニティチェアがより上質なくつろぎを演出します。
  • → 車で5分
    宮城蔵王キツネ村

May.11.2025

マダミス!

マダミス(Murder mysteryの略=殺人事件をテーマにした体験型の推理ゲーム)にチャレンジ、このゲームはキャラクターの数に相応する演技者と、進行を司るゲームマスターが揃わなければ出来ません。
演じ手はストーリーの全貌を知ってしまうので、ひとつのシナリオを同じメンバーで演じられるのは一生に一度限りになります。(Youtube動画やSNS上の記事は、ネタバレに繋がることもありますので、投稿者、視聴者双方が注意を払わなければなりません)
キャラクターにはそれぞれミッションがあります。
真相に辿り着くにはメンバー間の協力も必要で、犯人がいない場合もあります。
結末はゲームの進め方によって変わるため、ひとつではない(複数のエンディングが用意されている)こともこのゲームの魅力です。

  • プレイリスト一覧(※ 都度追加します)
  1. 「誰がために伝書鳩は飛ぶ」
  2. 「月陰村の人狼」
    ※ インスト(instruction)用に公開されている、短時間で終わる作品です。
  3. 「九頭竜館くずりゅうやかたの殺人」

April.03.2025

世界の屋根で/ 後編

3日目、Nepal Tourism Boardネパール観光局のACAPカウンターでAnnapurnaアンナプルナ自然保護区のPermit入域許可証を入手して、Mahindraマヒンドラ(インドの自動車メーカー)の8人乗りのSUV/ Scorpioスコーピオ S11 4WDでUlleriウレリへ向かった。
このSUV、センターラインを踏んだ場合に警告を発するなどの安全装置が不十分であると、オーストラリアなどの先進国では低評価を受けたが、ネパールではそもそもセンターラインの概念が浸透しておらず、臨機応変なので、より過酷な条件下での信頼性が選ばれるポイントになります。
一般的に荷物は屋根に野積みされ、一枚のシートにも友人であるラリットさんらの心配りが伺えます。

市内からおよそ60km、途中のBirethantiビレタンティでTIMS(トレッカーズ情報管理システム)の許可証料を支払い、Ulleriウレリへ着いたのは14時をまわっていた。
先ずはローカルレストランで腹ごしらえして、明日暁のPoon Hillプーンヒル到達を目指し、ロッジのあるGhorepaniゴレパニまで(7.2粁)をトレッキングするが、ネパールではブッフェスタイルでの提供を除くと注文を受けて素材を一から調理するのがふつうであり、料理が卓に並ぶまで1時間はあたりまえである。
作るのに比較的手間がかかるモモ(小籠包、蒸し餃子に類する食べ物)などの手料理は嬉しいが、出発は16時になってしまった。
2時間後には日が暮れ始めるため、ほぼ石段しかない、標高差およそ890mのトレッキングルートは心理的な余裕の無さも加わり、思いのほかきつかった。
一般的に山地の所要時間は高低差300mにつき1時間が目安とされており、チェックポイントに到達したのは19時過ぎであった。

  • → Birethantiビレタンティ
     
  • →→ Rhododendron
     
  • ↓
  • →
  •  
  • ↑ The Sunny Hotel
     
  • ↗ At Poon Hill,
    Machapuchreマチャプチャレ/6,997m
  • → In the west, there is
    Dhaulagiriダウラギリ/8,167m

March.28.2025

世界の屋根で/ 前編

人々は何故仏教に惹かれるのか、僕たちは数時間のフライトで、異なる世界に足を踏み入れることができる。
ネパールはヒンドゥー教の国という印象が強いが、お釈迦様誕生の地でもあり、資本主義では欲望が経済を成長させると教えられた僕らからみれば非現実であったとしても、刺激に満ちている。

  1. Swayambhunathスワヤンブナート
  1. Boudhaボゥッダ Stupa
  2. Patan、Durbar Sqダルバール広場
  1. Kathmandu
  2. DOM Himalaya
  3. Prithvi Highwayプリティヴィ・ハイウェイ
    Bathed in powder
  1. Pumdikotプンディコット Shivaシバ
  2. Pokhara
    Srijana Chowkスリジャナ チョーク
    Sky Bridge
  1. Rupse Water Fall
  2. Gandaki Golden Bridge
  3. Marpha
  4. Ghar Khola village

January.15.2025

年またぎ

旅のスタイル、価値目的は多様であるからおもしろい

  • ← BARREL SAUNA
  •  
  • ←← Crystalpark hisamatsu
  • VIP COTTAGE

  • ← Miyako toad
  • ミヤコヒキガエル
  •  
  • ←← Pumpkin Cave
  • 保良クバクンダイ鍾乳洞

  • ← 満潮を持して?
  • ※ 潮位は潮の干満と、季節に左右されます。
  •  
  • ←← 鱓うつぼ

水森風

  • → KERO SAUNA
  • ケロ材を使用
  •  
  • →→ ECO SAUNA

  • → MOUNTAIN SAUNA
  • 光と音と映像

  • → TWIN WATER
  • 富士山の伏流水を使用
  •  
  • →→ BEMBERG SAUNA
  • ドイツの伝統的なサウナ

撮影:冬至の宮古島・小寒の富士裾野にて

October.12.2024

佐渡の建築/ 宿根木Ⅱ

元は2艘の船(北前船)を持ち、家族で廻船業を営んでいた有田久四郎家の邸宅であり、安政5(1858)年頃に建てられたと推定されます。外観は日本海から吹き付ける潮風から建物を守るため包み板と呼ばれる縦板張りですが、内部に意匠を凝らしており、人が集まれる座敷を造ることを意識して体裁を整えました。

  • ↑:吹き抜けになったオマエ(居間)からニワ(土間)とカッテ(台所)を見る
    土間と板の間の間に竈を配しており、裸電球の下には井戸も見えます
    カッテ上部には、ヒブクロと呼ばれる煙抜きが存在する
    丸い板は、暦で30日より少ない日数の月には小、31日の月には大という文字が入ったほうを表に向けた
  • ↙:下げ紙の飾られた神棚と、奥が戸主用のナンド(寝室)
    赤黒く見える部分は漆と弁柄べんがらによる溜塗ためぬり
  • ↓:下の座敷
    裏庭は崖に面しており、貯蔵庫(岩窟)がある
  • ↘:ふるまいなどの宴会に使ったオオニカイと称す大座敷

October.11.2024

佐渡の建築/ 宿根木

造船技術が建築技術に影響を与えた1ヘクタールの世界

  • ↖:かつての木羽葺こばぶき石置いしおき屋根、廻船で運ばれた石州瓦を用いた赤褐色の屋根、能登瓦(のち三州瓦)の黒い屋根の家々を眺望
  • ←:2棟の作業小屋は土地の形に沿って建てられており、屋根瓦から、平面と妻面が直角でないことがわかる
  • ↙:船大工の技術を応用した三角家さんかくや
  • ↓:小路
  • ↗:屋根の勾配が三次元的(左→右、奥→手前)につけられている
    川筋は人為的なもので、洗い場として使われた
  • →:称光寺川しょうこうじがわに架かる念佛橋ねんぶつばし
    宿根木の廻船主高津勘四郎が尾道から千石船で運び寄進 / 1776年(安永5)と刻まれている

August.19.2024

To the Private Space ZAO

キャンプなど共通する趣味を持つM君が、宮城県の蔵王に973m²にも及ぶプライベートスペースを事業展開して、1日1組限定で、テントサウナやBBQなど、「非日常的」な週末の過ごし方を提案、N君が青春きっぷで早朝出発して途中でメンバーを1人づつ拾い、夏の思ひ出づくりをしました。
  • → 渓流
    こあてら沢
3日目は火口湖(御釜)の見学や、山形県側の蔵王温泉への入浴企画が実行されました。

July.16.2024

東京鐵道遺産

天空の城ラピュタのような、新橋駅前のC11 292号蒸気機関車
同機は、戦争末期の1945年に製造された戦時設計された号機で、ボイラー上部の蒸気溜や砂箱が簡略化され、除煙板に代用材として木材が使われていました。
二葉橋架道橋柱頭部に施された鋳鉄製の装飾
架道橋は1910年(M43)に完成しております。

鉄材はアメリカから輸入し、石川島造船所が製作を担当、市街地域の騒音に配慮し、砂利を詰めた有道床桁としました。この下を市電が通っていたため桁下は4mあります。

新永間市街線高架橋 1910(明治43)年
煉瓦造連続アーチ橋の部材である煉瓦と鼻黒煉瓦は、日本煉瓦製造で製造された良質なものです。
基本設計はドイツ人技師フランツ・バルツァが、当時のベルリンのシュタットバーン高架橋をモデルとして設計したようで、浮き彫りと呼ばれる小さなアーチなども再現されています。

内山下町橋高架橋区間はとくに地盤が悪く、煉瓦アーチの径間を12m(他の区間は径間8m)としており、アーチ厚も小口1枚分厚く、数箇所に倒壊を防ぐためのグループ橋脚と呼ばれる大きな橋脚が設置されているなどの構造的特徴がみられます。

アーチとアーチの間の鉄の扉は、鳩などの侵入を防ぐためにあるようで、この部分を軽量化と資材節減を兼ね空洞としていることが、ベルリンとは異なります。※ 手前がグループ橋脚

日比谷OKUROJI

山手・京浜東北線の煉瓦アーチと東海道・新幹線のPC橋が対比する約300mの高架下空間は1964年の東京オリンピックに合わせて開発、2020年に再生されました。
山下橋架道橋と産直横丁
左が東海道本線/1942年増線、右が東海道新幹線/1964年開業


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