August.13.2013

北海道周遊とサハリン/ 7

このクルーズは大変良くコースが考えられていましたが、一部の人にはそれが裏目となり、悲劇を招いたようです。
 
海外クルーズには時差が付き物ですが、このクルーズは日本周遊というイメージが先行し、乗船前に時差のことを考えた方は少なかったのではないでしょうか。
 
日本とウラジオストク時間を使用するコルサコフの間にはプラス2時間の時差が存在し、時計を進める=一夜に2時間失うのは船内生活への影響が大きいためPrincess cruisesは反時計回りのコースを選択し、釧路出航後に知床周遊(写真)を含む航海日を設け、深夜に一日1時間づつ時計を進める調整を行いました。
そのことは船内新聞のPrincess Patterや枕元のmessageで告知されたのですが、そもそも日本とコルサコフの間の時差を知らない乗客が多かったから、同じ知らせが二度届いたと勘違いされたり、うっかりされた乗客が出ました。
 
海外では船内放送は極力控えられ、一般的な伝達に書面を用います。
この量が半端でなく、英文では結構しんどいのですが、今回は基本的には日本語で配られました。(慣れれば英文でも必要なものと不必要なものの判別にさほど時間はかからないでしょう。)
ただし旅行会社の添乗員付きツアーにご参加の方は、添乗員からのお知らせも毎日届き、相当な文字を一日に読まなければならなかったのではないでしょうか。
 
以前、ある有名な客船で乗船開始の遅れからディナーの最中にボートドリルがあり、席を離れると食事を下げられてしまうと思い込みウェイターに抗議された方がいらっしゃいました。
伝統ある英国の船会社でしたので、如何なるときであっても緊急とあらば我々はあなた方を万全にして守る用意がございますとでも言いたかったのでしょう。(笑)

我が家では乗船中の文書管理は僕が、催しのチェックは母がやっておりますが、配布物は基本1キャビン1部ですので、注意が必要です。
 
なお不幸なことに、コルサコフのテンダーボートにはロシアの係官が添乗し、厳しくチェックしていたため集合時間に遅れた方の下船や振替は認められなかったそうです。
 
-コルサコフ南埠頭(旧大泊港駅)桟橋-
南埠頭のバースは深度5.5~7.5m(ソ連時代に建設の北埠頭は7.5~8m)、Sun Princessの喫水は8.1mあります。因みに稚泊航路の代表的砕氷貨客船、亜庭丸(ANIWA MARU 3,298t)の喫水は3.4m、宗谷丸(3,593t)の喫水は5.5mでした。
防波堤がなくテンダーボートの乗船が懸念されましたが、天候に恵まれました。
同桟橋はハートランドフェリーの日ロ定期航路(稚内~コルサコフ)も使用しており、今後クルーズ客船とフェリーの入港が重なった場合の対応やターミナル施設の整備についてなど解決すべき課題があるようです。
1928年、稚泊連絡船利用旅客の不便解消のため新桟橋(現南埠頭桟橋)完成とともに大泊停車場より2.6km延伸された樺太東線の遺構(線路)が橋梁部を含め残っておりますが、現時点ではサハリン鉄道の広軌化から取り残され、老朽化が進んでおります。
 
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August.03.2013

北海道周遊とサハリン/ 6

クルーズが初めての方もベテランの方も、一番頭を悩ますのはキャビン(船室)の選択のようです。
コストパフォーマンスを優先される方もいれば、ロケーションにこだわる方もおります。
一般には予算の範囲内で最も上のカテゴリーを選択すれば満足度が高いと言われておりますが、ネットをご覧の方は左舷を指定された方も多かったのではないでしょうか。
何故ならこのクルーズは反時計回りのため左舷が陸側であることが理由でした。
しかし本ブログの写真は右舷側キャビンからも撮影しております。
日本人は注文が多いので、カテゴリーが細分化され、ある旅行会社のチャーターでは右舷、左舷の指定や食事時間のリクエストも商品化され、追加料金の対象となるようです。
 
快適な船内生活を送るには、ある程度の譲り合いや知恵も必要でしょう。

海外では健康な人は階段を使いますが、日本人はあまり階段を利用しません。
2フロア~3フロアの移動なら階段のほうが早い場合もあります。
実際12人乗りのエレベーターに16人乗り込んでいるのを目にし、1人のときは極力階段を利用しました。
階段の踊り場には多くの美術品が飾られているので、それを鑑賞しないのはもったいないですね。
 

Moving Woman  MOVING WOMAN
Sculpture in Red Granite, Base Diabas Stone
Victor Widerberg(Norway)
 ROSE WINDOW
Multi-Layered board
Gianmaria Potenza(Italy)
Rose Window
Solar Crucible&The Crane  SOLAR CRUCIBLE&THE CRANE
Sculpture in Steel, Copper&Brass
Sally Mckenna(USA)

August.01.2013

北海道周遊とサハリン/ 5

かってQueen Elizabeth2のスイートルームには引き出しが1室で25もあり、わからなくなるほどでありましたが、サンプリンセスの収納スペースは意外とコンパクトです。
フォーマルナイトは2回であり、今回は大部分の晩を占めるスマートカジュアルについてです。
 
同席する方との調和を図ることも大切ですので、Murder Licenseの黒のテーラードジャケットとNudieのグレー色パンツをベースに、中にさし色として明るめのシャツをアレンジしました。
足元は夏らしい素材のベージュ色したAdmiralのシューズです。
テーブルメイトが年上でも蝶ネクタイをて結びしたりするとすぐ気付いてくれるお洒落な方々でしたので、5日目はちょっと冒険してジャケットの下にオフホワイト系のシンプルな切り替えカットソーを着用し、赤青のグラデーションの入った白いボーダーストールを巻いてみました。
じつはこの日偶然イタリアンディナーでウェイターも赤や緑の縞模様のゴンドリエーレスタイルでしたのでいい反応ありました。

パターンチェックのカラフルなクレイジーシャツも黒のジャケットと組み合わせるだけでスマートカジュアルに変身しました。
日中は先のカットソーの上にこのシャツを羽織り、ノンウォッシュのNudie jeansを穿くことでイメージはよりカジュアルに変わります。
写真はトラピスチヌ修道院で撮影、帽子はOverrideです。
 
まったく参考にならぬファッションですいません。

July.30.2013

北海道周遊とサハリン/ 4

今年限定※1)のイベントもあります。クルーズ後半の航海日、東日本大震災の復興支援を掲げNPO法人「カタリバ」への寄附を盛り込んだチャリティー・ウォークが7デッキプロムナードにて行われました。
6周で3kmですから1周500mということになります。かってチーク材を敷き詰めた全周のプロムナードがラクシュリーな客船の証であった時代がありました。
 
この日のウェアは青いZOZOの”Japan Earthquake Relief Project” t-shirtsにUniqloのサーフパンツ、スパンコールの入った黒のレギンスとAmsterdamで購入の同色のビーニーで参加しました。
インストラクターやオーストラリアから参加の方の注目を浴び、適度なイベントへの参加はコミュニケーションのきっかけにもなりました。(あくまで適度なです。ゲーム・催しに賞品がかかると化けの皮が剥がれるというか、自己中心的な行動が不快感を与える方も一部にいらっしゃいました。(笑)
 
1人15ドル以上の寄付をした人にはグリーンのリストバンドがプレゼントされ、必ずしも歩く必要なく応援にまわるのもありです。寄付されることによりさらにウォーク終了後のささやかなパーティに参加できます。

このリストバンドはアメリカ合衆国テキサス州プラーノ出身の元プロロードレース選手であったLance Armstrong氏(ツール・ド・フランスで7回の優勝を果たしたアメリカの好む英雄は、先頃ドーピング問題で有罪判決が下されたことによりロードレース界を追放される結末となった。)が癌に侵され奇跡的に復活したことからガンと闘うひとびとをサポートするために1997年にランス・アームストロング基金を設立(現LIVESTRONG財団)、1ドルの募金活動を行ったことに始まります。この意思に賛同したスポーツメーカーのNIKEが、2003年にイエローのシリコン製リストバンドを展開、その収益のすべてをガンと闘うひとびとの活動に寄附したことから世界中に広まりました。
 
一方、アトリウムに用意された飲物やスナックを、この催しを知らなかった人がスタッフの目を盗み摘まんでいくというハプニングも目撃されました。
 
※1)2013年日本発着のSun Princess船上で行われた東日本大震災チャリティウォークの参加者は約700名、2014年の日本発着クルーズでもチャリティー・ウォークを継続する方向であることがその後述べられた。
 
(最終更新;2013年9月)

July.28.2013

北海道周遊とサハリン/ 3

クルーズの食事を美味しくする最大の要因は雰囲気であり、料理は二の次であると考えていたが、これが期待以上であった。

Terrace Grillそれなりに金は使ったが、スターリングステーキハウスはサービスも一人一人に決め細かく、眺望の開けた席からはオホーツクの夕陽も華を添えた。
寿司バーはネタが豊富で刺身も用意されていた。
ランチブッフェのイカフライはソフトで、ひき肉入りのコロッケはサクサク感があった。
海老カツバーガーや抹茶アイスなどの日本クルーズ限定品も人気であった。
 
朝はまずパティスリーで焼きたてのデニッシュやマフィンとカプチーノをいただき、メインダイニングへ向かった。
ふだんのクルーズでは朝はゆっくりルームサービスするが、今回ルームサービスしたのは2日目のシャンパン・ブレックファストだけであった。
 
Dinner時はサービス料込み32ドルのCabernet Sauvignon – wolf bless yellow label(カベルネ ソーヴィニヨン ウルフ・ブラス オーストラリア/ 日本での輸入小売り価格2300円前後)を2日に1本空けた。
Mainに必ずJapanese foodが一品含まれ(豚の角煮、カツレツ、カレーライス、ホタテのステーキ、エビフライなど)、それをGETするともれなくご飯と味噌汁、漬物が付いた。(笑)
愉しいお品書きもありました。
ブイヤベース風の野菜スープ、EnglishのほうはYasai no nimono.(こっちのほうがわかりやすいですね。)
日本人には馴染みがあるはずのものが、今日はご飯が付いたとか付かなかったとか、区別がわからない人が多いことに驚いた。
 
ある晩、私たちのテーブルでちょっとしたハプニングが起きた。
Champagne waterfallデザートに移る頃、食後にお酒は如何ですかとウェイターが持ってきた日本酒リストの一部に、日本酒ではなく焼酎が記載されたものがあり、これに気付いたH婦人がこれは違うと抗議した。(焼酎の銘柄によっては食後酒に適するものもあるようですが、婦人はお酒に詳しく、日本文化の誤った解釈を正した。)
じつはウェイターはこのときまで日本酒と焼酎が異なる酒類であることを知らず、ふだんはおとなしい婦人の突然の抗議に驚いたことだろう。

July.27.2013

北海道周遊とサハリン/ 2

聖ニコライ教会私たちは釧路とコルサコフでは船会社主催のエクスカーション(寄港地ツアー)に参加した。母が乗下船に他の乗客より時間を必要とするので、プリオリティサービスを受けた。
釧路は何度か訪れたことがあるが、厚岸名産の牡蠣や、漁が始まって間もなく、獲れたばかりの秋刀魚、鮭のハラスなどを炭火で焼き食べることのできるツアーがあり、期待通りであった。
コルサコフでは24人乗りの小さなバスでユジノサハリンスクの市内をドライブした。優先席を用意していただいたが、私達2人とドライバー、ガイドを除く20人は台湾からのツアー客であった。
彼らは騒々しいが、母が足が悪いと知ると、気遣っていただいた。

Shikotan-Toこのクルーズは色丹、国後水道を早朝通過し、知床周遊することも大きな 魅力であった。
知床クルージングに於いて双眼鏡を持参している人は少なく、様々な声が聞かれた。
私個人としては山の頂上まで眺望できたので、知床半島の全体像を観察するうえで沿岸から一定の距離を保ち周遊することは悪くないとおもう。
観光船の真似をすることはない。
海鵜(Otaru)
小樽では全員が日本再入国の手続きを踏まねばならず、集合場所と時刻が再三変わるため少々混乱した。
「タクシーの待ち合わせ時間をずらしてもらったの。」
落ち着いた口調のH婦人はすぐ騒ぐAタイプでも愚痴をこぼすJタイプでもない、例えるならイギリス上流階級に暮らすようなオーラを感じた。
 
タクシードライバーは知っている。
 
函館で乗車したタクシーのドライバーは、先日入港したイタリアC社の船が日本の旅行社のチャーターによるものであり、その乗客がイタリア料理ばかり食べさせられていると溢していたことを打ち明けた。
プリンセスのブッキングが好調であったことから、クルーズのコピーが出回っているが、十分な説明があったのかちょっと気になる。
 
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July.26.2013

北海道周遊とサハリン/ 1

私は今、9泊10日のクルーズを終え、この航海が素晴らしいものであったと確信している。無論、私と反対の意見を持ち、満足できなかった方もいるだろう。例えば小樽では、入港の遅れがあったことも事実である。しかし、この時期台風や低気圧に遭遇することなく好天に恵まれたことは、最高のプレゼントである。
 
素晴らしいテーブルメイトに出会えたこと。
 
出航数日前、食事が遅くなることを心配する母を説得しダイニングのセカンドシーティングを希望した。テーブル人数は指定しなかったが、正直どんなテーブルになるかドキドキした。
クルーズ初日には8人いたテーブルメイトが、翌日には乗船前よりファーストシーティングを希望していた2人が抜け、6人になった。しかしその翌日、1人参加のTさんが帰って来られ、7人はいつもディナータイムの終わりまで笑顔が絶えなかった。
 
テーブルメイトのMさんのご主人は母と同じ昭和一桁生まれで、現役のときはエネルギー関係のお仕事に就き、コルサコフへ寄港するこのクルーズに参加された。Hさん夫妻はグルメ家で、小樽滞在時間の長い(はずだった)このクルーズを選んだ。
Tさんを含め全員クルーズ経験が豊富で、お洒落を楽しみディナー以外の時間は自分なりの過ごし方を身に付けており、デイナーの席での話題も豊富であった。
Mさんは雰囲気づくりがうまく、辛い時代を生き抜いてきた方の言葉にはユーモラスながらも説得力があった。
今日もおいしく食事をいただけると挨拶を交わし、おいしい連発で皆を暗示にかけるのであった。(笑)

February.09.2013

クルーズの予算と費用算出

日本の旅行会社(代理店)を経由してドル建てやユーロ建てのクルーズ商品を購入する場合、確定日(処理日)を基準にした円払いという形が取られ、キャッシュセリングレート(銀行に於いて現金で外貨を購入するときのレートで、ドル・ユーロの場合、一通貨単位あたりドルでは仲値+3円、ユーロでは+4円~6円くらいになります)が適用されるのが通例となっているようです。
一般に商取引のルール(電信為替)に於いて外貨から円に、または円から外貨に交換する場合はTTB(Telegraphic Transfer Buying)/TTS(Telegraphic Transfer Selling)レートが適用され、「middle 仲値」を元に個々の銀行が手数料を上乗せし、ドルの場合(通貨により異なります)大体仲値-1円、+1円になります。
つまり為替が変動しないでもドルから円に、円からドルにすると2円の差が生じます。
さらに入金時と支払い時の換算レートリスクが生じることからこのような取り扱いになっているようです。
 
クルーズでは船内の支払いにクレジットカードを登録するのが一般的であり、今後クルーズ料金の支払いにもクレジットカードを希望する人は増えるでしょう。
 
不思議なことに国際クレジットカードで支払ってもカード会社が確定の際相手国通貨を円換算する訳ではなく、旅行会社でキャッシュセリングレートにより日本円に換算した金額の請求が来ますので、一般的にクレジットカードで買い物する(ドルを例に取るとTTS+カード会社の手数料=TTM+1.6%~1.9%)より高い請求を受けます。(ユーロやポンド建ては往復のレート差も大きく、一層割高に感じられます。)
海外送金は日本の法律では銀行にしか認められておらず、多額の送金手数料が発生するため(通常5千円程度、クレジットカードを使用しても商取引上日本で契約、送金という形は変わらないであろうから、同様に手数料がかかる)、幾つかの会社では独自レート(社内レート)を採用し、その旨を告知しています。
 
しかし確定日は大抵相手方で決められるから(これは外貨建ての決済でも同じですが)為替の高い日に決済されてしまうケースは多く、昨今のように為替変動が大きいと日本人が欧米人のように先ず予算を決めその範囲内でバケーションのプランを立てる場合に費用の算出が困難となり、我が国でクルーズ旅行が伸び悩む一因もこの辺にあるのではないでしょうか?
 
そういう意味ではPrincess Cruisesが日本発着クルーズを円建てで発売したのは消費者目線に立ったものであり画期的なことだとおもいます。

December.21.2012

Sun PrincessのExcursions

Image12月21日付、神奈川新聞の経済面に、「日本客船規制緩和を」というタイトルで記事が掲載された。
2013年からの外国船による日本船とほとんど同じコースを設定したクルーズの開始に伴い、外国船にはないさまざまな規制が課せられた日本船は対等な競争が出来ないと訴えている。
何か、TPP問題と似ていないでもない。
Sun PrincessではExcursionはSightseeing & City Tours,(市内観光) Activities & Adventures,(冒険体験) Nature & Wildlife,(野生生物と自然) Special Interestsに大別される。
その内容たるや素晴らしいの一言に尽きる。
一例を挙げると愛冠(アイカップ)岬を訪れ厚岸で新鮮な牡蠣を食べるツアーや積丹半島、神威岬のハイキング、走れメロスや人間失格などの作品を残した小説家、太宰治の生家および青森県出身の木版画家、棟方志功の記念館を訪ね、精進郷土料理を食べるツアーなど、彼らの好奇心が成せる業は、既存の日本発ツアーにも今後影響を与えるだろう。(言語については当初Tourの大半がESGではなく、Japanese Speaking Guideでしたが、現在は魅力あるコースにおいてESGを選択できるものも増えています。)
さて、ここで牡蠣は秋~冬が旬ではないかと疑問が湧いたのですが、厚岸は海水温が低い事が幸いし、日本で唯一生牡蠣を一年中出荷できる地域なんですね。
Hot Tubさらに注目すべきはDetailed itinerary(詳細な旅程)と称してpointごとのWalking distance(歩行距離)/yards、Total number of steps(段の総数)、Wheelchair(車椅子)でのAccessibilityについて(Yes or No)など、細かく情報が提供される点で、自己責任で参加する欧米では判断基準となる情報の提供は不可欠なことが読み取れる。
「外国船が国内で運送サービスを提供している」とした日本外航客船協会に対し、国土交通省は航路全体としてクルーズ商品であり「カボタージュ規制」に該当しない(同新聞より引用)と問題視しない考えであることが述べられている。
 
shiptracking service

June.10.2012

Sun Princess来航に向けて

Port Evergladesアクロバットを取り入れた画期的なプロダクションショー”Mystique”(ミスティク)と共にSun Princessがデビューしたのは1995年12月2日のことであった。
クルーズの新しい時代を予感して日本を発ち、処女航海前夜Fort Lauderdale入りして眩いばかりの美しい姿を目にした私は、翌日タクシーを遠回りさせ、対岸のヨットハーバーにて出航前の彼女を撮影してから乗船した。
Sun Princessには次世代を見据えた数々のアイデアが盛り込まれていた。
例えば海側の70%を占めるバルコニー付きの標準客室、造船技術の進歩した今日でこそ客船のバルコニーは広く普及しているが、当時は一部の船の上位クラスに存在するのみであった。このバルコニーは現在多くの客船に見られる客室間が1枚のボードで仕切られたものではなく、開口部から余程身を乗り出さない限り隣室との距離が保たれるエレガントなものである。
’90年代に入り急速に巨大化した客船では、どこへ行っても行列に出くわすという悩みを抱えていた。
Sun Princessは設計段階において徹底的に動線が研究され、その結果流れを分散させることに成功した。
P&Oの色濃かったPrincess Cruiseは材質にもこだわり、シトマークルーズから引き継いだ2隻とは対照的に木や真鍮、イタリア製タイルなどの天然素材をふんだんに用い、アメリカ人好みの華やかさとイギリス人好みの落ち着いた雰囲気を融合させた。
全周プロムナードを備え、チーク材が敷き詰められている。
また77000トンは当時の技術ではパナマ運河を通行できる最大サイズであった。
この船の処女航海には三十数名の日本人が乗ったであろうか、当時はまだ一般がネットで日本からクルーズを申し込める時代ではなかったし、欧米クルーズ各社も外国人を乗せることに疑念を抱いていた。処女航海には米国で人気を博したTVドラマ、ラブボートのキャプテンMerrill Stubing Jr(メリル・スチュービング Jr)役であるGavin MacLeod(ギャビン・マックロード)氏も乗船していたから、米国本社を説得しこれだけの日本人乗船を果たしたクルーズ・バケーションの先見がカーニバル・ジャパンの創設に繋がったと推測する。
なお初代船長はAugusto Lagomarsini氏で、顎鬚を生やした彼が乗船するからクルーズを申し込むリピーターもいるくらいPrincess Cruiseでは人気のキャプテンであった。
 
“ある掲示板”の記事から