May.20.2016

地球一周の夢に向けて-12

四角大輔さん、46歳なんですね。
目が輝き、若く見えます。
彼は約15年間続けたプロデューサーという仕事を辞め、学生時代からの夢であったニュージーランド移住を成功させたようですね。
現在は自らのライフスタイルを仕事に活かされているそうです。

自由に生きるということはむちゃくちゃなようですが、本当は凄く強い意志を持ちしっかりと計画を立て自分を見つめることができ、実行できてる人なわけです。

彼のような生き方は、殆どの人はやらないとおもいますが、僕も約40年間、休暇は無駄にすることなくほぼすべてを使い切り旅に投資していましたから、伝えようとすることは何となくわかる気がします。
勤めていた会社には加算休暇という制度があり、法定休暇と合わせほぼ完全消化していましたから、年間38日くらい、特殊な勤務形態で非番、休日など変番もお願いして時間が有効に使えましたから、実際はもっと長く旅に出ており、よくまあ籍がなくならなかったものです。(笑)
そんな境遇に、口には出さずとも感謝はしていましたね。
本日のテーマである、「こんな恵まれた国に生まれたぼくらが、旅に出ない理由はない。」と通じるところがあるんです。

僕の20代にはPeace Boatはまだ誕生して間もなく、地球一周までいってなかったし、大輔さんのような生き方する力もなかったけど、ふだんの休日はなるべく働いて資金を貯め、2ヶ月に1回くらいのペースで長いときは2週間くらいリフレッシュに充て、自分流に旅の形は持っていました。
例えば、北海道に隔月で1年間通い、季節の移り変わりを肌で感じ、今は廃止となってしまいましたが網走から湧別まで湧網線というのがあり、雪が続き困っているときには、旅先で除雪作業のアルバイトも体験しました。

クルーズは23年ほど前から、こちらも計画的に同じ船のリピーターとして落ち着くのでなく、あらゆるジャンルのクルーズを体験することを目的に始め、彼の「旅に目的を」という言葉に共感できたから、本を手にしました。
あとで気付いてちょっと笑ったのですが、四角さん流に言えば、僕はこの本を衝動買いしてはいけなかったんですね。

「20代で捨てるべき50のこと」というタイトルがあり、おおまかには何を捨て、何を残すべきかということが彼自身の体験をもとに綴られています。
僕は、自分の価値を時間と金で例えることは好きではないのですが、今、こうしている間も自分は命を削っているんだという認識を彼は常に持っており、この本には時間を大切に生きるためのメッセージが詰まっております。

旅もそうですが、タイトルとかこだわらなくていいんです。

実際にお会いして人当たりがいい方です。会員制コミュニティとかもやられているようで、ちょっとついていけません。でも、今度のクルーズにご一緒できたら、めちゃ嬉しいです。

May.09.2016

地球一周の夢に向けて-11

英国のP&Oが1994-1996年の間、インドネシアにGroup Companyを設立してクルーズを展開したことがある。
使用された船の名はBari Sea Dancer(バリ シー ダンサー)、船齢30年を超えた、僅か3,852tの船であるが、寝泊まりしたりレクチャーすることを主体としたクルーズ船としては十分な設備を備え、バリから今では世界遺産となっているコモド島へ航海、コモドドラコンを観察ののち、ピンクビーチでシュノーケリングできるアドベンチャーな船旅であった。
この船で、スポーツインストラクターを努めるインドネシア生まれの青年と仲良くなった。
乗客は欧米人ばかりという船で、アジア系は僕たちだけであり、彼と同室する女性インストラクターはイギリス系で何かと彼に命令口調で威張っていたらしく、話し相手として食事や、ときにはお酒の席に彼のほうから同席した。
彼のことをどうせビーチボーイ上がりだろうと冷ややかに見る大人もいたが、バーをはじめとする船内各所では彼と同郷の若者が働き、友達として扱ってくれた。
彼のキャビンを、相方の女性インストラクターの目を盗み見せてもらった。
下の層ながらも窓の付いた、一般レベルの船員より上等な部屋であった。
いつか再会したいとおもいインドネシアルピアを残しておいたが、1996年6月、Bari Sea DancerはSpice Island cruisesと共にP&Oの手を離れていった。
 
● P&O SPICE ISLAND CRUISES 1994-95 /5.28 MB
● The Dancer Daily /536KB

May.08.2016

地球一周の夢に向けて-10

クルーズエリアとしてのエーゲ海に憧れを抱く人は多いだろう。
だが今から二十数年前は、クルーズそのものに参加する日本人も少なかったが、エーゲ海クルーズは憧れる人の数ほどは売れなかった。
ピレウスを起終点に、ギリシャ船籍の古い船しか就航していなかったことも一因であろう。
あるとき旅行会社にクルーズのパッケージを申し込んだが、人が集まらず催行中止の知らせがあった。
そのとき、自分達だけで行くことを勧められた。
まだ若かったし、個人手配で旅行する第一歩になった。
運航会社は今はなきEpirotiki Line(エピロティキライン)で、Peace Boat初の地球一周(1990.11.01~1991.01.29)もこの会社のOceanosという船だった。
僕が選んだのは当時提携関係にあったNCLより購入したTritonという、14,155tの船である。
この会社は事故が多く、船を沈めて保険金を得ているという噂が囁かれており、’91炎上したペガサスの替わりに仕入れた同社で最も近代的?な船でありすぐに沈むことはないだろうと、親には秘密にしていたが、クルーズは大変楽しかった。
料理もエンターテイメントもギリシャ人船員によるギリシャの船である。
今世紀初頭、世界のクルーズ船社の多くはアメリカの巨大資本の傘下で活動、個性は薄れつつある。

May.07.2016

地球一周の夢に向けて-9

中学生のとき、通学途上にあった図書館で「SOSタイタニック」という本を借りて読んだ。
当時、横浜港に来航していた客船は概ね1~2万tクラス、4万6千tの客船は想像を越える大きな船として心に刻まれた。
やがてチャンスが訪れ、’93年、Regal Princess(初代)でアラスカをクルーズする。
この頃は7万tクラスの客船が世界に数隻しか存在せず、そのうちの1隻であった。
しかし、スタイリッシュな当時最大級のメガシップは意外にもクルーズとしての印象は薄かった。
その年の暮れ、今度は少し節約して、Golden Princess(初代)という、元Royal Viking Skyをリメイクした、2万8千tの中古船に乗り、メキシカンリビエラクルーズに出た。
この船はオーナーや運航会社が幾度か替わり、一時的な用船であったためかメンテナンスはあまりよくなかったが、北欧の白鳥と称された名船だけあり、レイアウトが良く、素晴らしい走りっぷりであった。
この時、自分が求めているクルーズとは、単に浮かぶホテルではないことを知った。
以後、数えきれない程の客船と縁を持ったが、大きな客船の場合はスリムな船形、低いデッキのキャビンを好みとしている。
今も昔も巨大化は、定員を増やすことにより1人当たりのコストを下げることを主な目的としている。
だから、どんなに大きな客船でも、標準キャビンの大きさは中型客船と同等か、それ以下なのだ。
ピースボート、ちょうど良いサイズである。

April.12.2016

地球一周の夢に向けて-8

第91回出航風景

荷物
ポーターがカートへの積み込みをサポートしてくれる。
自分の手で船の手前まで運べば、あとはクルーが手伝ってくれるだろう。

集合
10時までに集合。(11時になると乗船が締め切られます。)
9時になるとスタッフが乗船手続きについて案内、しかしここに整列しているのはほぼシニア層。

やはり若者はスタッフとしての乗船が多いのか?
7~8分で用意が整い乗船券を手にした乗客達が入場を開始、あっという間にCIQの中に吸い込まれていく。

20分くらい経過して、税関職員、ピースボートスタッフがまだターミナルに残る船客の誘導にあたる。
外国人の乗船者を発見!、この頃(9時30分くらい)になると、乗客として乗船する若者も待ち合いスペースの端に集まってくるようになった。

彼らはおしゃべりに夢中で、なかなか乗船する気配がない。(数年前には見かけた、地べた座りは今回見られなかった。)

ある意味、旅行会社の介入がないからか、統制が取れており、旅行会社が個別に手続きを行うことにより生じる混雑や必要以上の待機などはなくスムーズに進行している。
ただ今後は、この光景も変わるかも知れない。

ターミナル内、「ゆたか倶楽部」のキュナードラインに乗船するクルーズのキャッチタイトルが世界一周ではなく、地球一周になっている。(笑)

10時10分頃、揃いのパーカーを着た横浜ピーセンのボランティアメンバー達も乗船。
彼らの一生に一度の笑顔は素晴らしい。

映画「Titanic」の功罪
日本でもヒットした映画、本当は悲劇であるはずの事が、今なお人々を魅了して止まないのは、生存者の大半が富裕層であり、彼らはこぞってその夢のような生活を語り、航海の記録として残したからであろう。
11時50分、ボートドリル開始。

April.09.2016

地球一周の夢に向けて-7

4月9日、快晴。大さん橋に停泊する出航を3日後に控えたOcean Dream船内にて、第92回クルーズに関する一連の手続きを行った。
母を連れての訪船は、たぶん最後になるであろう。

単独地球一周を決意したのは、単に母が再生不良性貧血という病気だからというわけではない。
僕にとって地球一周は、応援してくれた人、支えてくれた人などなくしてはあり得ない。

介護に携わらぬ人から見れば、当然の如くクルーズは先延ばしすべきであるという意見もあろう。

しかし、先延ばしにしたからと言って、何が解決されるのか?
それは現在の社会における政治の状況と大差ないことではないか。

家族、兄弟における介護責任を問題視する人もいるだろう。
この話は簡略に留めるが、僕には兄弟がおり、その兄弟は母から金を借りアパートに越し、母の病名を知ってから連絡を返さなくなった。
経済的弱者とは誰か、母は独占欲や支配欲がやや強く、正直、子離れ出来ない母親には心を悩ましてきた。
今思えば、始終父とは口喧嘩が絶えなかったが殆ど一方的攻撃であり、更年期障害もあろうが、気を引くための演技も含まれていたのかもしれない。

昔は持参人を権利者として預金の引出しが可能であったため、家族名義の口座を親が作り管理することは珍しくなく、僕の名義も借用されていた時期がある。
ところが、コツコツ預けた家の建築資金は、亡き父名義の通帳となっていたため、ややこしいことになった。
母は父の名義で通帳をつくり他界後手を拱いていたわけではないが、既に世の中のスピードにはついていけず、要らぬ相続手続きをさせられるなど、笑えない話である。

March.18.2016

地球一周の夢に向けて-6

本年(2016年)12月出航、南半球回りの第93回地球一周を申し込む人が増えているらしい。
その理由は、第96回に参加を予定していた地球一周フルクルーズの希望者において、同クルーズが先ごろ56日間のミドル クルーズ(オセアニア一周)として発表されたことから、既発売のコースの人気が高まっているということらしい。
「ピースボート」企画の地球一周は北半球、南半球、その中間の順にコース設定され近年は年平均3回のフルクルーズが実施されているが、南半球回りは南極へのオプションやマチュピチュなどの世界遺産を背景に根強い人気があり、とくに北半球は既に経験済みというシニア世代からの支持を得ている。

NGO団体「ピースボート」の企画クルーズのツアーを主催・販売するジャパングレイスは、新たな取り組みとして、第92回地球一周の船旅から、他社への卸売などをおこなうと(本稿時点ではクルーズ ネットワークなどでの取り扱いが確認できます。)しており、世界の治安や政治情勢が不安定さを増している中で、邦船各社が既に世界周遊を見合せている現状を考えると、オセアニアは旅行会社にとっても集客の見込める航路である。

じつは2020年に就航が予定されるピースボート初の新造船によるアラスカクルーズのプランも地球一周フルクルーズではない。

今現在母の経過は思わしくなく、一人で乗船することを視野に留守中104日間に及ぶ母の介護手配や今後の手続き(クルーズ旅行における乗船者名簿の変更やキャビンの使用人数の変更は殆どの場合一旦解約扱いとなり、改めて契約することになる。)を検討せねばならない時期に差し掛かっている。
これらに伴い出費が嵩むことは避けられず(先延ばしして早期割引特典等を受けるのも一案ではある。)一生に一度になるものとおもわれる。

February.20.2016

地球一周の夢に向けて-5

約1ヶ月の入院治療を終えて帰宅した母が最初に口にした言葉は、「ナースコールが無い!」であった。
あの日(入院)まではほぼ普通に生活しており、僕は耳を疑った。
入院生活最初の頃は貧血がひどかったため点滴を受けており、体力が低下傾向にあった。
それでも母は精神的に頑張っており、自分のことはなるべく自分でやろうとした。
ある日、病院側から「(母が)ベッドから落ちたので紐を付けさせていただきます。」と連絡が入った。
どうやらトイレへ行こうとしてミスをしたらしい。
それ以来、病院の監視は厳しく、自分で行動することは無くなった。

退院時にはすっかり自信喪失しており、医療相談室を介し在宅介護の手配が勧められた。
(これにより家族の負担が軽減されるには程遠く、むしろ介護保険を使用して介護用品をレンタルする等の指導・斡旋は経済的にも負担を強いるものである。)

一方、約4か月の間服用された処方薬はその効果が見られず、已む無く投与の中止に至った。
次の段階?では採血のデータや診察はもはや重要ではなくなったようで、検査結果の出る前に輸血を前提に点滴室に入り、病の長期化とともに増すストレスなどから、母とは対照的に僕は生活が不規則になることも珍しくなくなった。

January.10.2016

地球一周の夢に向けて-4

2015年夏の日韓クルーズ後、我が家は老朽化による建て替えに着手し、仮住まいに移りました。
地震などの災害に強い家にすることが数年前より懸案となっており、具体的には昨年2月に設計が始まり、7月に契約を結び年内の完成を目指しましたが、諸般の事情から着工が遅れ、それでも年末・年始を働いてくださった大工さんのおかげで、本年1月に引き渡されます。

第92回クルーズを決めたのも、この時間を差し引いてのことでした。
ところが母はいつからか偏食や夜更かしなど不安定な生活を常とし、中でも炭酸水を好み過剰摂取すると食事を欲しがらなくなる傾向があり、度々助言をしていました。

大病院から地域医療への移行が政府指導で進められる中、地域医療は人手不足であり、6月には貧血の兆候が現れていましたが、母が倒れ、大病院からの紹介状要請を受けるまでデータは見過ごされ、専門機関での検査を勧めるなど、適切なアドバイスが得られませんでした。

にもかかわらず暑い夏を乗り切れたのは、Peace boat船内での和食や韓国料理を中心としたバランスの取れた食事と、規則正しい生活によるところが大きかったのではないでしょうか。

とくにディナーの後のコーヒー、紅茶は、鉄分の体内吸収を妨げるため貧血の者には好ましくないようで、カサブランカで飲む香り高いコーヒーがお気に入りであったため、他のお茶を控えたことも幸いしたようです。

January.09.2016

地球一周の夢に向けて-3

一般に我が国の募集型企画旅行におけるクルーズキャンセル料の発生時期は海外のそれと比べ消費者に手厚く、旅行会社の円滑な業務を妨げている要因のひとつとも言われる。

8月末、JGより特約を付した一通の案内が届く。

プログラムに参加すると、キャンセル料の発生時期の如何に関わらず契約を解除した場合は5万円を支払わねばならないが、キャンセルがなければ10万円分のオプショナルツアー優待券を手にすることができる。

最初からキャンセルするつもりの人は1円だって支払いたくないであろうから、なかなか上手い提案である。

この恩恵を受けない理由はなく、仕事は3月で区切りをつける意思表明をしており、少なくとも10月14日のOP受付時点ではとくに記すべきことはなかったと言っていいだろう。

しかしそのわずか4日後、母が再生不良性貧血とわかり、入院、退院、介護宣告というシナリオに描かれた高齢者医療の現実に直面することになる。

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