September.28.2018

Peace Boat’s 101st Global Voyage/ 幻の計画

一度体験してしまったからであろうか、二年前程熱く地球一周を応援してくれる人は少なくなったようにおもう。
それでも三年我慢したのは、リセットもあったが、ステップアップを真剣に考えてのことである。

ピースボートには、その乗船行程の一部分を離脱するという、特別な乗船方法がある。
これはフライ&クルーズや区間乗船、オーバーランドツアーなど、主催者により企画、募集されるプログラムではなく、自己責任により、本船から離脱行動し、陸路若しくは空路により、再び本船に合流する、究極の自由旅である。

僕はスリランカのコロンボで離脱、ドバイで紆余曲折の上、4月にホテルとしてpre Openした20世紀後半を代表する客船「Queen Elizabeth 2」に再会、宿泊し、カイロに先回りしてナイル川沿いを周遊、ポートサイドで合流するプランを作成、かなり具体的に計画を煮詰めていたが、ポートサイドでの合流手続きの可否について、確認が必要とのことで申請をしてから暫くして、担当者から難色を示された。

それは可否の知らせではなくお願いという形で、釈然としない部分もあったが、シナイ半島の情勢を踏まえ、他に影響を与える可能性があるのだろうと判断、結局この計画は、プランニングに際し協力してくれた関係各所には申し訳ないが、取りやめることになった。

June.29.2018

石柱が伝える興津の賑い

江戸時代、(上総)興津は江戸と東北を結ぶ重要港で、妙覚寺には仙台藩役所が置かれていました。仁王門は、江戸末期の当地方の代表的な建物と言われます。

寛文11年(1671)、阿武隈川河口から江戸へ向う東廻り航路が整備され、九曜星の旗を掲げた仙台藩の千石船が入ってきたと記録があり、三方を山に囲まれ、巾着の形をした興津湾は、東北諸藩が江戸に廻米(かいまい)する交易船の碇泊地として、また房総沿岸有数の避難港として、動力船が開発される以前の潮待ち、薪水補給の地として、興津千軒の繁栄をもたらしました。

船を停留させておくための繋船柱の石材は当時仙台藩によって運ばれたもので、全長3メートル余、石巻近在に産する粘板岩でできており、かつて港の弁天崎磯際に十数本も並立していたそうです。
繋留する船舶は一艘につき金1朱と御供米2升、500石以下は200文を、当時の土地の所有者である妙覚寺に納めたといわれています。

June.27.2018

1日6ドルで遊ぶHawaii/ Day3

3日目はダイヤモンドヘッドを目指しました。
ヒルトン ワイキキ ビーチ ホテルのあるKuhio Ave(クヒオ通り)からは、海側東方面行のBus Stopで乗車、2系統「2_Waikiki-Diamond Head-Kcc」と23系統のバスがダイヤモンドヘッドの入山口に近いBus Stopまで行きます。
※ 2系統には、「2_Wikiki Beach & Hotels」もあり、注意が必要です。

ダイヤモンドヘッドの登山口へは、23系統のDiamond Head Rd + Opp 18th Aveのほうがいくらか近いですが、僕は本数の多い2系統Kapiolani Community College(終点)から歩きました。

Diamond Head Rdを「DIAMOND HEAD STATE MONUMENT」という看板が見えるまで進み、そこからダイヤモンドヘッドの標識に従い右に折れ坂道を進むと、展望台の先に小さなトンネル(カハラトンネル)があります。
じつはダイヤモンドヘッドはここを登るのではなく、トンネルを抜けた火口底面の登山口から登ります。

入山ゲートに到着して、1ドル(現金のみ)を支払い、パンフレットをもらって登頂しました。

片道0.8マイル(1.3キロ)、高低差は560フィート(171メートル)です。標準的には片道30分~40分くらいのようですが、途中休まず一気に登ったら、30分もかかりませんでした。(笑)
日差しが強く、途中日陰はほとんどありませんので、日焼け対策や水分の補給など、自分なりに準備されるとよいでしょう。

Kahala Tunnel(カハラトンネル)
曲折の多い登山道を進み、74段の急勾配のコンクリート階段を登りつめると、225フィート(約70メートル)の狭いトンネルがある。
99段ある第二階段。このようなつくりになっているのは、ダイアモンドヘッドがオアフ島の沿岸防衛のための要塞だったからです。
横木はカモフラージュを支えるためのもの。

June.26.2018

1日6ドルで遊ぶHawaii/ Day2

2日目は、マノア・フォールズのトレイルへ向かいました。
先ず、ヒルトン ワイキキ ビーチ ホテルを出発してKuhio Ave(クヒオ通り)山側のBus Stopから西方面行のバスに乗車、運転手より1day Passを購入、アラモアナセンターで乗換のために降車、ショッピングセンターを通り抜け、山側のNo.760のBus Stopから、5系統「5_Manoa Valley」のバスで終点のManoa Rd.+Opp Kumuone St.まで行きました。

The Busの時刻表はBus Stopに表示されていないので、DaBusアプリでルート検索して、自分の乗るBus Stopの番号をタップし、次の画面で最新到着案内または到着予定時刻を選択すると、当該Bus Stopに来るバスの時刻を知ることができます。(到着予定時刻は、目的地にバスが到着する時刻ではありません。)

Bus Stopから「Manoa Falls Trail」の入口までは、道なりに歩いて約10~15分、歩道橋の右側に、「Rainbow’s End Snack Shop」という売店の入った建物があるので、トイレはここで済ませてからスタートします。

マノアは雨の多いエリアということで、トレイルは整備されていますが、ぬかるみや滑りやすいところもあるので、汚れてもいい恰好で行きました。
午前より午後のほうが雨は少ないらしいですが、暑くなると体力を消耗するので、あえて午前にチャレンジしました。最初どんよりしていましたが、幸い雨は降ったあとで、幻想的な風景が広がりました。

Manoa.Rdの終点。右手に、レストラン、売店、トイレなどの入った建物があります。
 
ここからマノアの滝へは約1.3K、標準で片道40分の道程です。
映画「ジュラシック・パーク」のロケ地としても知られています。
 
蚊がたくさんいます。(笑)
ハート型の切り株発見 ♪

バニヤンツリーのアーチと、その先に広がる竹林。

June.23.2018

1日6ドルで遊ぶHawaii/ Day1

ことの起こりは約7ヶ月前、ベイクォーターでヒルトングランドバケーションズの勧誘に遭遇したことに始まる。

説明会の報酬がハワイのホテル3泊無料招待と聞き、オーナー契約こそなかったが、一応説明を聞きました。

入手した宿泊券の利用方法は通常のヒルトンホテルの予約ラインとは異なるようで、電話にて60日以内に予約(この時点でデポジットが発生する。)、1年以内に宿泊するなど、いくつかの条件がついており、且つ航空券代などは含まれません。
この点は少しハードルですね。

ホノルルまでの往復航空券代は時期にもよりますが、ざっくりヒルトンホテル3泊分に匹敵し、ランクを落とせば、航空券+ホテルのパッケージも大差なく購入ができそうです。

この点は少し考えましたが、最低1泊249ドルの部屋が保証されているので、オファーを受けることにしました。(後述しますが、ヒルトンオーナーズクラブのステージによるベネフィットも、現地で申告することにより、受けることが出来ました。)

こうして関東が梅雨入りした2日後の夜、成田から旅立ち、同日の朝、ホノルル空港に到着しました。
日付変更線を飛び越えたため、時間が戻ってます。

基本的に島内移動には、The Busという、地元民の足である路線バスを利用することとしました。
何故なら、1Dayパスを乗車時に運転手より5.50ドルで購入すれば、エアポートシャトルやワイキキトロリーを使うより断然旅費を抑えることができ、且つ使いこなせれば行動範囲が広がると考えたからです。(実際には紙幣を投入して釣りはないため、6ドルを支払う。)

先ず、空港のダイヤモンドヘッドと呼ばれるターミナルビルの2Fより表に出て、横断歩道の先のBus Stopを探し、日立の樹として一躍有名になったモンキーポッドのあるモアナルア・ガーデンを目指し、31系統「31_TRIPLER via kalihi Transit Center」と表示されたバスに乗車しました。

この系統は1時間に1本であり、The Busの時刻表はBus Stopに表示されていないので、事前にホノルル空港到着時の乗り継ぎを調べておいたことが、役立ちました。

モアナルア・ガーデンに最も近い、Kaua St+Ala Mahamoe Stのバス停で降りるには、フリーウェイにバスが入ったタイミングで、降車の紐を引けばよいとありましたが、運転手さんに行先を告げれば、到着したときに教えてくれました。
バスが停車したら、扉は押すようにタッチして開けます。(待っていては開きません。)
空港からはおよそ25分です。クルーズポートからの場合は、Alakea StとS Hotel Stの交差する46番のBus Stopから、3系統「3_Salt Lake」と表示されたバスを利用します。

モアナルア・ガーデンは、バスの進む方向に歩道を歩き、横断歩道を渡り緩やかな右カーブの坂を下れば、右手に公園のゲートが現れるのですぐわかります。
ここは裏口にあたり、車両の進入を防ぐ鎖のかかったゲートの端に、人の一人通れるくらいの道があります。
モンキーポッドは、パーク内の小さな橋を渡ったところからすぐです。
たまたまの朝活だったのですが、モンキーポッドの撮影は、大きく広げた枝の葉が開く、午前がおすすめらしいです。
モアナルア・ガーデンは私有の公園で、2015年4月15日から維持費として入場料(3ドル)が必要になっていますが、ハワイの風土なのか、徴収はそれほど厳しくないようです。

帰りのThe Busは乗り場が異なり、坂を引き返す途中にある横断歩道を渡って塀に沿った歩道を右に進み、そのままフリーウェイを乗り越えて直進、T字路を左折したところに屋根付きのBus Stopがあります。
ここでアラモアナショッピングセンターの北側を通る3系統「3_Kapiolani Community College」という表示のバスに乗車しますが、途中乗り換えないと、この系統は山側を抜けてしまいやワイキキには入りません。

乗り換え停留所がよくわからないため、予めインストールしておいたDaBus2というアプリで、現在地を表示し、アラモアナセンターを過ぎた辺りに見当をつけ、適当に降車しました。
しかしここでちょっとしたアクシデントが発生、Kalakaua Aveで祭りがあるらしく、同通りを経由する系統のバスが午後から運休、バス停には告知する張り紙があったのですが、10人を超す外国人がバスを待っていたため、そのことに気づかず30分あまりを無駄にしました。

結局他の系統も大渋滞に巻き込まれており、3系統を降りた場所から宿泊するヒルトン ワイキキ ビーチ ホテルまで、途中ロイヤル ハワイアン ホテルに立ち寄り、新作のアロハシャツを買うなどして、ぶらぶらと向かいました。
因みにアロハシャツはお店から事前にメールを受け取りピックアップしていたもので、折からホノルルを訪問中の秋篠宮さまが、同じデザインのものを数時間前に購入されていると聞き、驚きました。

ディナーは、夕陽を期待してOpenTableというアプリから、海沿いにレストランを予約しました。

May.03.2018

Best night ever!

今回は人つながりで自主企画を覗いてみることが多かったが、そのひとつに、「シリアの魅力と現実」と題する講座があった。
今から10年前のシリアは、親米派の国々にてイメージされるような危険な国ではなく、とくに日本人の旅人にはやさしく、美しい国であったらしい。

2011年に端を発する内戦は、チェニジアとエジプトでの政変を受け、アサド政権に対する民主化運動が人々の間で高まったことによる。
紛争が武器を取る者により内戦へと拡大し、ロシアと中国、イランなどがアサド政権を支援、米英などは、反体制派を支援することにより代理戦争化した。そこに過激なイスラーム主導者が寄生し、実効支配することになる、いわゆるIS(イスラミックステート)の台頭で、パルミラ遺跡などの世界遺産が、これにより破壊されてしまったという。

佐世保から横浜まで連夜、波へいからバイーア ラウンジへはしごする形で、寄港地の自由行動などで時間を共有させていただいた人々と、明け方近くのラスト オーダーまで酒を飲み交わした。
料理は早期申し込みでもらった商品券で振る舞ったが、酒はボトルを入れたメンバーからのおごりであった。

GWクルーズの参加を決めたとき、あるPBの先輩から、君の乗るクルーズはただの観光旅行だよねというようなことを言われた覚えがある。
確かに、このクルーズには歴史を見聞するとか、援助物資を手渡すというような大義名分はなかった。(もしそのようなことがあれば、帰港が遅れ、その後予定される見学会がパーになっても、青島を目指したであろうから、幸いであったと言える。)
しかし、大義名分などなくても、心に刻まれる旅であった。
 
02:35

May.01.2018

ここは こうばる

佐世保入港、川棚町こうばる地区の、県営石木ダム建設現場に来ています。

もっと全国に知ってもらいたい、不条理なダム工事でふるさとを奪われる人たちのこと。

春には菜の花、初夏にはゲンジボタルの乱舞、夏には子どもたちの川遊び、秋には黄金色に実った稲穂の収穫………、こうばる地区には四季折々の素晴らしい風景が今でも残っています。
こうばるはまた、絶滅危惧種のカスミサンショウウオなど、貴重な生き物が生息するホットスポットです。

このように、日本の原風景とも言える美しい姿を留めているのは、皮肉にもダム計画により、45年の間、不要な河川整備が行われなかったからです。

今、美しい棚田や畑も、約半世紀前に計画された県営石木ダムの建設、推進により、水の底に沈められようとしています。

現地を見て不思議におもいました。
-. 川棚川の支流である、この小さな川をせき止め、治水ですか?
-. 統計では人口も取水量も減少を辿っていますが、ダムの完成時期に、水の需要予測が急上昇しています。

公共事業の裏で、犠牲を強いられている人びとがいます。私たちは未来に何を残すべきか、問われています。

麗水を遊び尽くせ

今回僕は、見るだけの旅より遊び体験することをコンセプトに、麗水KTXが開通する前の旧全羅線の廃線跡で、ペダルを漕ぎ南海の風景を満喫する海洋レールバイクツアーを企画したが、出航した直後は、若者がおらず、2〜4人乗り、3.5キロのバイクツアーなど、到底無理であろうと落胆した。

アームさんの部屋メン、そのまた知り合いと輪を広げ、僕を含めて3人のメンバーが決定したのは、麗水入港の前日であった。

M/V Ocean Dreamは、午前8時に麗水エキスポクルーズターミナルに入港、レールバイク以外の、足元に海の見えるケーブルカーのクリスタルキャビン、海鮮料理などの情報は、たいぷーが調べてくれたので、カンジャンケジャン(カニのしょうゆ漬け)やヤンニョムケジャン(カニのオリジナル辛みそ漬け)も外すことなく、内容の濃いワンデートリップになった。

麗水海洋レールバイク

  • 馬來トンネル(600m)にて
  • 潮風にあたりペダルを漕ぐ
  • 亀甲船大橋
    亀甲船は、李氏朝鮮時代に存在したとされる朝鮮水軍の軍艦の一種。
  • 海上ケーブルカーのクリスタルキャビン(下の画像)
どう見ても船底なのだが、どうやってひっくり返すのだろう。

写真はクリックして拡大できます。

봉산게장거리(鳳山ケジャン通り)、
청정게장촌(チョンジョンケジャンチョン)

  • ケジャン(生の石蟹をたれに漬け込んだもの)
  • 1人10,000ウォン(写真は3人前)

April.30.2018

水先案内人

この船には同姓同名の水先案内人が乗船している。
しかも彼はソーシャルクリエイティブプロデューサーであり、長崎県川棚町こうばる地区のドキュメンタリー映画を制作した映画監督でもある。

彼は、大企業の大量消費を促すコマーシャルを作ることに疑問を抱き、社会の広告社として独立した。

彼の作品は、ふるさとの魅力を内外に発信すると共に、国家予算と公共事業に頼る市政から脱し、そこに暮らす人々が地域の良さを発見し、自信を持って、若者の移住やUターンできる環境を整え、最終的には地域自体がそれを継続していく(自生)ことを念頭に考えられている。

釜山出航後の船内は、関心を持てる企画が目白押しで、TABIPPOのライターも務めたアームさんの「キャンピングカーをレンタルしたアメリカ横断のお話」など、幾つかの自主企画にも参加した。
「今時の?若者が大好きなゲーム」は深夜帯にも拘らず、世界遺産マイスターであり、水先案内人を務める片岡英夫さんの参加もあって盛り上がり、時間を延ばした末、波へいに場所を移し、1時まで交流が続いた。

7デッキにお風呂(その名も世界湯 ♪)が、出来ました。

April.29.2018

釜山の海

釜山の停泊は2日間あり、今日はひとり、五六島と海を見に出掛けた。

じつは地下鉄2号線に乗り、慶星大学・釜慶大学駅で降り、二妓台都市自然公園方面行きのバスでスカイウォークを目指した者が、もう一人いた。

スタッフのムギちゃんで、二人でトレッキングルートを往復2時間(約1/3)ほど歩き、釜山駅で別れ、気になっていたKTX駅構内の寿司(12貫12,000ウォン)を食べ、徒歩で戻る。

僕は今まで韓国を旅して、道を尋ねたりして、意地悪されたことがない。むしろ、以前勤めていた会社の同僚であるが、日本人のほうが、外国人に対して冷たい。

韓国第二の都市、釜山の海は、日本のどの大都市にある海より、自然が残り、美しかった。

だが、ここから北東、直線距離にして僅か32kmには、古里原子力発電所が息を潜めている。

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