July.29.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day101

あなたはもう一度地球一周をしますか?という問いかけに対して、今はイエスともノーとも言えない。

僕がピースボートに乗船した理由は、単純にクルーズを通して、学ぶとともに、若者で、共に遊びを極めながら世界をまわりたかっただけである。
大人の時間潰しであるバーやカジノ、ショーやパーティなどの非日常的な娯楽と一線を画し、濃い時を刻めるクルーズ環境はそうはない。

人生の先輩として何か語ろうとか、そんな大それた考えはない。
水先案内人にその道の専門家ならいくらでもいる。

ピースボートを選ぶ理由にコストパフォーマンスを上げる人は多いが、僕は相部屋を選択していない。

そんな僕が、サッカーをきっかけに4人部屋に出入りするようになり、部屋面に加えてもらったときは、ちょっと嬉しかった。

July.26.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day98

7月24日(水)の朝、最後の寄港地、パプアニューギニアのラバウル港に入港して、10ドルを船内にて現地通貨のキナに交換後、午後の同じ交流ツアーに参加する友と、共にRabaul Marketなどを散策した。

そのとき採れたての落花生を0.5キナづつ出して購入し、今晩日付けが変わってから、部屋のポットをフリースペースに持ち出し、二人で塩茹でにして食べた。

およそ3か月間の間に、付き合い方の変わった友もいる。

問題を起こし、強制下船させられた者がいなかったとも言えない。

グループの中でだけ輝ける者、陰口で人を傷つける者もいた。

息苦しさを感じ、去る者もいた。

企画の発想に独自性が感じられず、トップダウン式に進められた結果、企画に関わる者と関わらない者がはっきり分かれ、溝を埋められなかったのではないだろうか。

一人歩きを推奨されない寄港地で頼りになる、優しい友もいた。一時離脱は、力になってくれる友が誰であるか教えてくれた。

いつからか、船内チームや企画などのコミュニティへの参加よりも、スポーツデッキに出て自由にボールを追いかけていくことの方が好きになっていた。

※これは僕個人の感想であり、PBや個人を批判するものではありません。

July.21.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day93

2日目は、サトウキビ畑広がるクィーンズランドの大地で、15,000ft(約4,000m)のタンデムスカイダイビングに挑戦した。
これを目当てに離脱する者も多い。

スカイダイビングがこんなに爽快なものだとは知らず、空中浮遊しているような、不思議な感覚であった。

帰船の対面審査時刻が早まったため、最終日はチェックアウトしたホテルに荷物を預け、グリーン島現地ツアーに参加した。
海水温が低いため遊泳はせず、カヤックを借りた。
短い時間ではあったが、グレートバリアリーフの美しいラグーンを目にすることができた。

何よりも、3泊4日間船を離れ、自分たちで旅することが楽しかった。

July.20.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day92

ブリスベンでの離脱は70名に達し、エアーズロックやシドニー、メルボルンなどへ向かった者もいたが、大半はLCCでケアンズへ先入りした。

船内では、ダンスなどの最終発表会が行われているであろう。

我々は昨日、世界最古と言われる熱帯雨林が世界遺産に登録されている、標高約330mのキュランダを訪ねた。

往路はSkyrailで上空から俯瞰し、Rain forest Marketを散策、Jumrum Creek〜Jungle walkにかけての熱帯雨林に囲まれたWalking trackを歩き、1890年に建てられたKuranda HotelにてKangaroo Pot Pieを食べた。

Public Holidayは人件費が上がるため、15%のSurchargeが発生した。

復路は熱帯雨林の山の斜面に、19世紀後半にクィーンズランドの開拓者たちによって敷設された、Scenic RailwayのGold Classで、Sparkling wineなどのサービスを受け、Stoney Creek渓谷などの絶景を眺め、高原を下った。

July.17.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day89

クルーズ船の乗客が承認されたオーバーランドツアーなどのグループ行動以外で、途中でいなくなる(一時離脱する)ということは、かなりイレギュラーであるらしい。
離脱するには船内有料サービスなどの精算を行い、キャビンはそのままの形でチェックアウトを済ませ、現地の対面入国審査を受ける。

審査後は、本船に戻ることは出来ない。
再乗船には、新たなクルーズチケット(乗船券)が発行される。

簡単なことのようだが、現地出入国手続きの手配(ほとんどの寄港地は24時間以内の滞在についてはトランジット扱いである)やターミナルでのサポートなど、手間がかかるため、何処もやりたがらないのである。

July.15.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day87

今春、JGとPBは、エコシップ就航の遅延と、2020年より、2隻で運航する計画を発表した。
新たなチャーター船の概要は、地球一周航行中のMV Ocean Dreamにも伝えられ、大方の期待通り、MV Zenith(47,413t)に決まった。

プレミアムクラスのマーケットは、カジュアルクラスの数分の一規模しかなく、船のサイズ(ベッド数)もそれに比例するのがふつうであるが、ZenithはOcean Dreamより大きく、異なるグレードの客船を同時に運航することになるため、Zenithの料金は在来船より若干高く設定された。

このプロジェクトはピースボートIIと名付けられ、JGもワンランク上のサービスを提供する新ブランドであることを認めているが、個人的意見を述べるなら、客層を二分化することになり、それがピースボートの理念である国際交流とどう結びつくのか、危惧する部分もある。

Zenithの誕生した1990年代は、クルーズ客船が大きく変化した時代である。
クルーズ会社はプロムナードと呼ばれる左右の長い廊下のようなフリースペースを廃止し、有料のラウンジバーやスペシャリティレストランを設けた。
多層化してもキャビンが広くなるわけではなく、バルコニー付きキャビンが増える一方、海は遠くなった。

かつてイギリスの名門キュナードが、世界最大のクルーズ企業、カーニバルのグループ入りを発表したタイミングでQE 2に乗船したが、このような大きなプロジェクトが動くとき、スタッフやその親しい乗客たちは、特定のグループで固まることで自分たちを守り、安心感を得ようとする。
(その結果、他の乗客は無視される。)

今クルーズでは主催者サイトにおいてたくさんの楽しいイベントが発信されており、それを否定はしないが、見えない部分にスポットを当てることも必要な気がする。

July.13.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day85

Fiji入港の4日前に、インターネットでcloud 9を予約した。
マロロ島沖に浮かぶ、デッキチェアやデイベッドを備えた、ちょっと贅沢な水上バーである。
このクルーズで、カリブ海と南太平洋、二つのユニークな、ボートでしか行くことの出来ない建造物を訪ねた。

cloud 9の下は、魚の隠れ場所となっており、海に入れば無数の熱帯魚を間近に観賞することができる。

Lautoka港とボートツアーの出発するDenarau Marinaの間は、おおよそ30キロ(車で45分)ほどの距離があり、港に待機する観光ガイドにタクシーを呼んでもらった。
値段は交渉制である。
MarinaはSaturdayの午前ということもあるのか、離島へのアクセスで活況を呈し、Informationでチェックインの場所を訪ねると、即答でブースナンバー「9」と返って来た。(笑)

July.03.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day75

タヒチ寄港を3日後に控え、タヒチアンのガビ(Gabriel Tetiarahi)さんが証言した、「南太平洋で行われた核実験」という講演が衝撃だった。

第二次世界大戦の戦勝国に核の保有が認められたことにより、フランスは核開発を始めた。

最初の核実験は植民地であるアルジェリアの砂漠で行われ、1962年にアルジェリアが独立したことにより、新たな核実験の場が必要になり、南太平洋にフランス人がやって来た。

フランスが本国から遠く離れた南太平洋を核実験場に選んだ背景には、人種差別があったのだとガビさんは指摘する。

フランス政府は無知であったタヒチアンのidentity(独自性)を奪い、母国語の使用を禁じ自給自足の生活を破壊するとともに、実験はクリーンなものであると説明した。

皮肉にも彼は1975年にフランスに留学して、被爆者の声を聞いてそれまでの嘘を知り、立ち上がったが、1996年に終結が宣言されるまで、ムルロア環礁では核実験が続けられた。

被爆地に人はいないと言われていたが、防空壕に先住民族を入れ、人体実験も行なわれたことがわかっている。

核実験労働者の証言はフランス政府が軍の機密として持ち帰り、タヒチアンは国際司法裁判所への訴訟や被爆の補償も受けられていないという訴えを聞き、ポリネシアの早期独立の実現と核兵器禁止条約の必要性を強く感じた。

July.02.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day74

7月2日の午前、ピトケアン諸島付近で皆既日食と遭遇した。
船は動くので、陸上のような形での連続写真は望めないが、事前準備が功を奏してコマ撮りで、何か形あるものを残したいという人々と記録を共有することができた。
希望者には有料で最上階の鑑賞エリアが割り当てられたが、フリースペースであっても想定されたほどの混雑はなく、約3時間の天体ショーの一部始終をしっかり捉えることが出来た。

July.01.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day73

このクルーズの捉え方は人それぞれであるが、僕は地球完周への拘りはない。
互いに夢を持ち、それを叶えることに協力する互いが存在するのがPBのいいところであるが、現実は村社会化しており、「fake」であったり、水面下で活動している者が多かった。

ラパヌイ前夜、奇跡的にもそれぞれ年齢も異なる3人が、互いの夢の実現のために、本船から一時離脱することで合意した。

ブリスベンよりケアンズへのムーンフライトを予約し、互いの希望を叶えるため、スカイダイビングやグリーン島、キュランダ高原へのアクセスのベースとなるホテルを選定した。
これには、当初予算を抑えるためドミトリーを計画していたが、格安の宿泊施設は、何処も深夜のチェックインに対応しておらず、計画をスムーズに進めるためHilton Cairnsをベースに、宿泊費用の一部をHilton Hotel Honorsのbenefitで相殺した。

結果としてこの選択はツアー&アクティビティのピックアップ地点として好立地に恵まれた。
限られた通信環境と時間、費用の中で、6月30日には、すべてのツアーVoucherを揃え、JGに一時離脱申請書を提出することが出来た。

この計画に携わることは、自らの夢であり、メンバーとはデジタルデータを共有したが、同じく一時離脱を考え、計画の進んでいないグループや個人からは、反響があった。

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