August.10.2006

excursion

朝6時起床、morning coffeeを飲みにDay Loungeへ、そのままBuffetのcontinental breakfastもいただく。
2時間程で下船というのに、あわただしさは感じられない。
8時に釜山港pier2、berth-№14に着岸、Cabin attendantがbaggageを集め、8時30分にMain Loungeで韓国の入国審査を受ける。と言っても、こちらはLoungeに顔を見せるだけ、全ては船側で手続きを代行してくれるので何もすることがない。
30分ほどで下船の準備が整い、Gangwayの下に待つTour busに乗り込み慶州一日観光に出発する。
今回釜山で下船する乗客にはexcursionがfreeでofferされた。短い乗船であってもClipperの余韻が楽しめる心憎い演出である。

August.09.2006

Disembark on Busan

Zodiac landing昨夜のdinnerにおける一品(Japanese entree)は、マグロの漬け丼でした。
今日は教養とアドベンチャーの1日です。
午前中は竹村健一先生の「クルーズと私」と題した講演があり、日本人が金の使い方が下手な理由を氏ならではの説得力ある分析でお聞かせいただきました。
とくに日本のクルーズ人口が伸びない理由については、日本人の嫉妬深さにあると言うのが興味を惹きました。
こんな楽しいことを誰かに話すと、妬まれるということで、なかなか情報が伝わらないというのがその理由です。
確かに一度乗船された方は二度、三度とリピーターになりますが、なかなか輪の広がらない世界ですね。
素晴らしい快晴、lunchは瀬戸内海クルージングを楽しむという趣旨で弁当が用意され、各々が船内のお気に入りの場所で食べられるよう取り計らいがありました。勿論私はout sideに持ち出し、心地よい風と島々を眺めながらのDeck Lunchです。
13時に厳島(宮島)に到着し、ゾディアックボートで長浜神社の砂浜に上陸しました。
Zodiac landingはおせあにっく時代には積んでいないため考えられませんでした。
Itsukushima Shrine厳島神社を徒歩見学し、再びゾディアックで帰船後はメイン ラウンジで出国手続きを済ませます。
外国船が日本国内のみをクルーズすることは法律上できないので、船は釜山に一旦寄港し、再び萩に戻ってきます。
さらにこのクルーズでは多くの人に参加してもらうために13もの乗船パターンが用意されました。
私はフライ&クルーズで参加し、(明日)釜山で下船します。
意外なことにおもわれるかも知れませんが、このクルーズではほぼ毎日どこかに寄港しており、ゆえにフォーマルDayは設けられておりません。
しかし今日は唯一、出航してからWellcome partyがあり、ジャケットとタイでイブニングを過ごしました。
ミッドナイトまで活動される方のためには夜食が用意されます。
関門海峡を通過する今夜のメニューは、船上では珍しい豚骨ら~めんです。
関門海峡は長さ約15海里、鳴門海峡、来島海峡に次ぐ日本で3番目に流れの速い海峡です。
一般には本州と九州を隔てる大瀬戸水路の下関と北九州門司区の間をいい、その地形から非常に複雑な強い潮流が発生し、船舶航路の難所となっています。
壇之浦―和布刈間を早鞆の瀬戸といい、両岸の間は最も狭いところで650メートル、最大流速は9.4ノットに達します。
早鞆の瀬戸をいつ通過するのかは、周防灘と響灘の潮位差から変化する潮流の向き、速度および東航の船舶と管制信号も絡み予測が困難なようです。
24時間開放のBrigeでは、wingから多くの人が固唾を呑んでこの時を見守りました。

August.08.2006

mature

Santa Maria今回乗船されている方々はほんとうにクルーズ上手ですね。
昨夜から今朝にかけての稀なる体験を、プラスに捉えてる方が多く脱帽します。私も日本で建造した本船を誇りにおもい、Captain以下Crewの信頼とチームワークの良さに感動しました。
主催者側の配慮で朝食の開始は45分遅くなりました。
このクルーズには2名の日本人シェフが乗船しており、洋食のほかに新鮮な魚や野菜を素材とした和食を選ぶことができます。
breakfastのおかゆとlunchの冷やし中華は人気でした。
Eventのひとつとして、日本側とアメリカ側のstaffがjointして、Engrish LessonをDay Loungeにて開きました。
dining roomでのorderの仕方など、すぐ使えるフレーズをstaffの経験も交え、やさしくLessonしました。
16時10分、大阪天保山岸壁に着岸です。
10名が下船して、40名が新たに乗船します。
本日のオプショナルツアー、「なら燈火会見学」は主催者側の都合で中止になりました。

mystique!?

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Quick Time

横浜の出航が約1時間早まり、Sail awayのpartyではpromenade deckのあちこちに、シャンパンを片手に台風に関する情報を交換する人々の姿が見られました。
出航2時間後(7日16時)、7deckで行われる予定であったLifeboat drillの会場が強風を理由に4deckのMain Loungeに変更され、点呼と救命胴衣着用訓練が行われた後、Chife Officerより今夜予想される大時化についての説明があり、いくつかの注意が伝えられました。
18時30分からは3DeckのMain DiningにおいてDinnerがごく普通に静かに始まり、台風に接近していくことなどを感じさせるような動きは何もありませんでした。
贅を尽くした食事はこの船旅の楽しみのひとつであり、船の向きに配慮したのでしょう。
その後はCabinのbedから振り落とされないようにしがみつき、storm riderよりexcitingな航海を体験しました。
Main Loungeではピアノコンサートが行われていました。
揺れに身を任せ鍵盤を弾く彼女の姿は想像するにまさに”海の上のピアニスト”であったでしょう。
机の上のTVが深夜のbig waveで吹っ飛び、今朝は床の上で現在位置を示しています。(笑)

August.07.2006

typhoon warning

前夜のQueen AliceのDinner Menuです。
・マグロとアヴォカトのカルパッチョ
・稚鮎のフリッターとスイカのパンチ
・あさりのスープ、カプチーノ仕立て
・70種の野菜とクスクスのサラダ”ハピネス”
・牛フィレ肉の網焼きワサビ風味
・ココナッツ風味にブランマンジュ
ところで、台風7号の動きが気になります。
どうやら、ゆっくりしてるわけにもいかなくなってしまったようです。(苦笑)
気象庁より東海海域西部に海上強風警報が発令されました。
”Clipper Odyssey(Call Sign/C60Z3)7時45分入港予定”は8時20分横浜港大桟橋埠頭B号岸壁(OS0BC)にDockingしました。本日15時出航して次の寄港地大阪へ向かう予定です。
進路の波高予想はつぎのとおりです。
8月7日15時-東京湾内 100~150cm
8月7日15時-関東海域北部 150~200cm
8月7日21時-東海海域東部 200~250cm
8月8日03時-東海海域西部 400~450ところにより450cm以上
8月8日09時-東海海域西部 400~450cm
8月8日15時-四国沖北部 250~300cm

July.03.2006

今日は何の日?

おせあにっくぐれいす船は左舷(進行方向の左手)で着岸し、荷物の積み下ろしや乗下船を行うというのがならわしでした。
これは帆船時代、オール(舵)が船尾の右側にあったため、傷をつけないためだと言われています。
このため左舷はportside、右舷はかじとりのsteerが訛ってstarboardsideと呼ばれています。
航空機は船の流れを汲んでおり、portsideから搭乗しますね。
現在のクルーズ客船は寄港地の着岸においても公平を重視し、左右どちらからでも乗降可能なつくりになっています。
1989年の今日、礼文島香深港に一隻の真新しいクルーズ客船が入港しました。
おせあにっくぐれいす5,218tです。
オランダのヨットデザイナーチーム(STUDIO ACHT)の設計したこのプライベートヨットタイプの客船は乗降口を4デッキ右舷側に設け、左舷で着岸することは極めて珍しいことでした。

June.29.2006

Clipper Odyssey

Cabin 502人々が洋上に出現した大都市で日々exciteする中で、high-society層を中心とした一部の人たちは大勢の中での煩わしさから逃れ、隠れ家のような空間で時を過ごしたいと考えた。
そんな要望に応えてくれるのが船客定員200名以下のboutique-classと呼ばれるクルーザータイプの客船だ。
そこには大掛かりな劇場やスポーツ施設はないが(小さなジムはあります)、いつどこでも自分用のスペースが用意されているのである。
派手なショーやイベントに代わって、航海中はデッキチェアで読書したり寄港地のlecture(レクチャー=講義、講演)に耳を傾け過ごすことになる。
求められているのは上質のサービスと時間であり、クルーズ上級者向きと言われるのもうなずける。
日本のクルーズ元年と言われた1989年、当時の昭和海運はいきなりこの小型高級船をつくり就航させてしまった。
モデルは当時世界で最高の評価を得ていたキュナード社のシーゴッテスであった。
乗船するや○○様と名前で呼ばれること、全室ツインベッド、バスタブ付きのセミスィート仕様のキャビン、そしてパレスホテルのバーテンダーがつくるカクテルのどれもが世界のトップレベルにあった。
おせあにっくぐれいすと名づけられた5,218tのこの客船は小回りの利く利点を活かし日本各地や南太平洋の島々を巡ったが、クルーズ創世の日本では早過ぎた。
就航わずか8年で海外に売船となる。
クリッパーオデッセイと改名されたこの客船は手入れが行き届き当時とほとんど変わらないままアメリカ人を乗せ日本にやって来るようになった。
本夏この船を丸ごとチャーターし、日本語、日本食で運航しちゃおうという企画があり、この度乗船する運びとなった。
今回はたくさんの著名な方々が乗船しそうなので、僕が書かなくてもいいだろう。
ゆっくり旅を楽しむつもりである。