June.29.2018

石柱が伝える興津の賑い

江戸時代、(上総)興津は江戸と東北を結ぶ重要港で、妙覚寺には仙台藩役所が置かれていました。仁王門は、江戸末期の当地方の代表的な建物と言われます。

寛文11年(1671)、阿武隈川河口から江戸へ向う東廻り航路が整備され、九曜星の旗を掲げた仙台藩の千石船が入ってきたと記録があり、三方を山に囲まれ、巾着の形をした興津湾は、東北諸藩が江戸に廻米(かいまい)する交易船の碇泊地として、また房総沿岸有数の避難港として、動力船が開発される以前の潮待ち、薪水補給の地として、興津千軒の繁栄をもたらしました。

船を停留させておくための繋船柱の石材は当時仙台藩によって運ばれたもので、全長3メートル余、石巻近在に産する粘板岩でできており、かつて港の弁天崎磯際に十数本も並立していたそうです。
繋留する船舶は一艘につき金1朱と御供米2升、500石以下は200文を、当時の土地の所有者である妙覚寺に納めたといわれています。

June.27.2018

1日6ドルで遊ぶHawaii/ Day3

3日目はダイヤモンドヘッドを目指しました。
ヒルトン ワイキキ ビーチ ホテルのあるKuhio Ave(クヒオ通り)からは、海側東方面行のBus Stopで乗車、2系統「2_Waikiki-Diamond Head-Kcc」と23系統のバスがダイヤモンドヘッドの入山口に近いBus Stopまで行きます。
※ 2系統には、「2_Wikiki Beach & Hotels」もあり、注意が必要です。

ダイヤモンドヘッドの登山口へは、23系統のDiamond Head Rd + Opp 18th Aveのほうがいくらか近いですが、僕は本数の多い2系統Kapiolani Community College(終点)から歩きました。

Diamond Head Rdを「DIAMOND HEAD STATE MONUMENT」という看板が見えるまで進み、そこからダイヤモンドヘッドの標識に従い右に折れ坂道を進むと、展望台の先に小さなトンネル(カハラトンネル)があります。
じつはダイヤモンドヘッドはここを登るのではなく、トンネルを抜けた火口底面の登山口から登ります。

入山ゲートに到着して、1ドル(現金のみ)を支払い、パンフレットをもらって登頂しました。

片道0.8マイル(1.3キロ)、高低差は560フィート(171メートル)です。標準的には片道30分~40分くらいのようですが、途中休まず一気に登ったら、30分もかかりませんでした。(笑)
日差しが強く、途中日陰はほとんどありませんので、日焼け対策や水分の補給など、自分なりに準備されるとよいでしょう。

Kahala Tunnel(カハラトンネル)
曲折の多い登山道を進み、74段の急勾配のコンクリート階段を登りつめると、225フィート(約70メートル)の狭いトンネルがある。
99段ある第二階段。このようなつくりになっているのは、ダイアモンドヘッドがオアフ島の沿岸防衛のための要塞だったからです。
横木はカモフラージュを支えるためのもの。

June.26.2018

1日6ドルで遊ぶHawaii/ Day2

2日目は、マノア・フォールズのトレイルへ向かいました。
先ず、ヒルトン ワイキキ ビーチ ホテルを出発してKuhio Ave(クヒオ通り)山側のBus Stopから西方面行のバスに乗車、運転手より1day Passを購入、アラモアナセンターで乗換のために降車、ショッピングセンターを通り抜け、山側のNo.760のBus Stopから、5系統「5_Manoa Valley」のバスで終点のManoa Rd.+Opp Kumuone St.まで行きました。

The Busの時刻表はBus Stopに表示されていないので、DaBusアプリでルート検索して、自分の乗るBus Stopの番号をタップし、次の画面で最新到着案内または到着予定時刻を選択すると、当該Bus Stopに来るバスの時刻を知ることができます。(到着予定時刻は、目的地にバスが到着する時刻ではありません。)

Bus Stopから「Manoa Falls Trail」の入口までは、道なりに歩いて約10~15分、歩道橋の右側に、「Rainbow’s End Snack Shop」という売店の入った建物があるので、トイレはここで済ませてからスタートします。

マノアは雨の多いエリアということで、トレイルは整備されていますが、ぬかるみや滑りやすいところもあるので、汚れてもいい恰好で行きました。
午前より午後のほうが雨は少ないらしいですが、暑くなると体力を消耗するので、あえて午前にチャレンジしました。最初どんよりしていましたが、幸い雨は降ったあとで、幻想的な風景が広がりました。

Manoa.Rdの終点。右手に、レストラン、売店、トイレなどの入った建物があります。
 
ここからマノアの滝へは約1.3K、標準で片道40分の道程です。
映画「ジュラシック・パーク」のロケ地としても知られています。
 
蚊がたくさんいます。(笑)
ハート型の切り株発見 ♪

バニヤンツリーのアーチと、その先に広がる竹林。

June.23.2018

1日6ドルで遊ぶHawaii/ Day1

ことの起こりは約7ヶ月前、ベイクォーターでヒルトングランドバケーションズの勧誘に遭遇したことに始まる。

説明会の報酬がハワイのホテル3泊無料招待と聞き、オーナー契約こそなかったが、一応説明を聞きました。

入手した宿泊券の利用方法は通常のヒルトンホテルの予約ラインとは異なるようで、電話にて60日以内に予約(この時点でデポジットが発生する。)、1年以内に宿泊するなど、いくつかの条件がついており、且つ航空券代などは含まれません。
この点は少しハードルですね。

ホノルルまでの往復航空券代は時期にもよりますが、ざっくりヒルトンホテル3泊分に匹敵し、ランクを落とせば、航空券+ホテルのパッケージも大差なく購入ができそうです。

この点は少し考えましたが、最低1泊249ドルの部屋が保証されているので、オファーを受けることにしました。(後述しますが、ヒルトンオーナーズクラブのステージによるベネフィットも、現地で申告することにより、受けることが出来ました。)

こうして関東が梅雨入りした2日後の夜、成田から旅立ち、同日の朝、ホノルル空港に到着しました。
日付変更線を飛び越えたため、時間が戻ってます。

基本的に島内移動には、The Busという、地元民の足である路線バスを利用することとしました。
何故なら、1Dayパスを乗車時に運転手より5.50ドルで購入すれば、エアポートシャトルやワイキキトロリーを使うより断然旅費を抑えることができ、且つ使いこなせれば行動範囲が広がると考えたからです。(実際には紙幣を投入して釣りはないため、6ドルを支払う。)

先ず、空港のダイヤモンドヘッドと呼ばれるターミナルビルの2Fより表に出て、横断歩道の先のBus Stopを探し、日立の樹として一躍有名になったモンキーポッドのあるモアナルア・ガーデンを目指し、31系統「31_TRIPLER via kalihi Transit Center」と表示されたバスに乗車しました。

この系統は1時間に1本であり、The Busの時刻表はBus Stopに表示されていないので、事前にホノルル空港到着時の乗り継ぎを調べておいたことが、役立ちました。

モアナルア・ガーデンに最も近い、Kaua St+Ala Mahamoe Stのバス停で降りるには、フリーウェイにバスが入ったタイミングで、降車の紐を引けばよいとありましたが、運転手さんに行先を告げれば、到着したときに教えてくれました。
バスが停車したら、扉は押すようにタッチして開けます。(待っていては開きません。)
空港からはおよそ25分です。クルーズポートからの場合は、Alakea StとS Hotel Stの交差する46番のBus Stopから、3系統「3_Salt Lake」と表示されたバスを利用します。

モアナルア・ガーデンは、バスの進む方向に歩道を歩き、横断歩道を渡り緩やかな右カーブの坂を下れば、右手に公園のゲートが現れるのですぐわかります。
ここは裏口にあたり、車両の進入を防ぐ鎖のかかったゲートの端に、人の一人通れるくらいの道があります。
モンキーポッドは、パーク内の小さな橋を渡ったところからすぐです。
たまたまの朝活だったのですが、モンキーポッドの撮影は、大きく広げた枝の葉が開く、午前がおすすめらしいです。
モアナルア・ガーデンは私有の公園で、2015年4月15日から維持費として入場料(3ドル)が必要になっていますが、ハワイの風土なのか、徴収はそれほど厳しくないようです。

帰りのThe Busは乗り場が異なり、坂を引き返す途中にある横断歩道を渡って塀に沿った歩道を右に進み、そのままフリーウェイを乗り越えて直進、T字路を左折したところに屋根付きのBus Stopがあります。
ここでアラモアナショッピングセンターの北側を通る3系統「3_Kapiolani Community College」という表示のバスに乗車しますが、途中乗り換えないと、この系統は山側を抜けてしまいやワイキキには入りません。

乗り換え停留所がよくわからないため、予めインストールしておいたDaBus2というアプリで、現在地を表示し、アラモアナセンターを過ぎた辺りに見当をつけ、適当に降車しました。
しかしここでちょっとしたアクシデントが発生、Kalakaua Aveで祭りがあるらしく、同通りを経由する系統のバスが午後から運休、バス停には告知する張り紙があったのですが、10人を超す外国人がバスを待っていたため、そのことに気づかず30分あまりを無駄にしました。

結局他の系統も大渋滞に巻き込まれており、3系統を降りた場所から宿泊するヒルトン ワイキキ ビーチ ホテルまで、途中ロイヤル ハワイアン ホテルに立ち寄り、新作のアロハシャツを買うなどして、ぶらぶらと向かいました。
因みにアロハシャツはお店から事前にメールを受け取りピックアップしていたもので、折からホノルルを訪問中の秋篠宮さまが、同じデザインのものを数時間前に購入されていると聞き、驚きました。

ディナーは、夕陽を期待してOpenTableというアプリから、海沿いにレストランを予約しました。

March.25.2018

ウユニ塩湖プロジェクトのまとめ

  • 予算
  • 実質的には、航空券を自分で手配したので、お土産を少し加えても、総額40万円を少し超えたくらいです。
    旅費の約半分を占める、航空券をいつどのように取るかがポイントと言えそうです。

  • 乗り継ぎ
  • ボリビアへの、日本からの直行便はなく、一般的には米国内のどこかを経由して行くルートを選択することになります。
    Miami最初の米国内の空港で、米国の入国審査を受けることになり、日本出発72時間前までのESTAの取得と、乗り継ぎには2時間程度以上が推奨されます。
    米国内の主な空港においては、Visa Waiver Programが適用され、且つ条件を満たした海外旅行者(※ 2008年以降、アメリカに1度でも渡航したことがある人)であれば、U.S. Customs and Border Protection(CBP)の一次審査エリアでの手続きに自動パスポートコントロール(APC)が利用でき、入国審査での待ち時間が短縮されるとおもわれます。
    その手順は、

    • 税関申告書用紙に記入する代わりに、先ずセルフサービスのキオスクでパスポートをスキャンします。
    • キオスクで写真を撮影し、バイオ(親指を除く指4本の指紋を採取)及びフライト情報を確認するための一連の質問(YES、NOの質問)に答えます。
    • 渡航者が一連の質問に答え、税関申告書(電子税関申告書)を提出した後、レシートが発行されます。
    • 渡航者は、その後、パスポートとレシートをCBP審査官に提示し、入国審査を受けた後、Baggage claim(手荷物受取)を通過し、transfer(乗換)の表示に進みます。

    American Express Centurion Lounge再び手荷物検査を受け、Departure(出発)の案内を確認してBoarding(搭乗)の開始までに搭乗口に到着します。
    ボードの表示は発順ではなく、行先・時刻併用で、左側よりアルファベット(ABC…)順で記されています。
    ※ 更新などパスポートを取り直した場合も新しいパスポートで1回目のアメリカ入国は、APCはご利用いただけません。

  • 両替
  • 現地通貨、Bs(ボリビア―ノ=1Bs約15円)へは、サンタクルスの空港とホテルで米ドルから100ドルづつ両替しました。
    両者のレートの差は5Bs(日本円にて約80円)程度であり、町で両替すると、さらに5Bs程度多く両替できるようですが、偽札の多く出回っているボリビアでは、それらが混入するリスクもあるため、敢えて前者を選びました。
    塩のホテルでは清算は米ドルのみ、日本円は使えません。
    余ったBsはマイアミの空港で再両替できましたが、レートは著しく悪くなります。

  • トイレ
  • 空港やホテル、レストランを除き、入口に係員がおり、1Bs~5Bsのチップを渡し、ペーパーを受け取ってから入ります。有名な観光地になるほど高いのはどこも同じです。
    ペーパーはごく少量しか渡されないので、グループで利用する場合は、男性は仲間内で必要とする人にまわしました。
    水事情が日本と異るので、使用したペーパーはトイレに流さず、脇の屑入れに捨てます。

  • 食事
  • 一般に外国人が利用するレストラン(英語メニューあり)では、1食あたり35Bs~80Bs程度が必要です。
    カフェ程度ならチップは必要ありません。
    現地の人が利用するレストランでは、前菜のスープとメインがセットになっていて、昼(almuerzo)は10Bs、夜(cena)は15Bs程度(スープのみでも値段は同じ)で食べられますが、メイン料理は選ぶことになるので、高いコミュニケーション能力がないと、利用は難しいでしょう。
    Sopsスペイン語で料理の説明を受けても僕にはわかりませんので、ローカルレストランへは、現地で暮らすTさんに連れて行っていただきました。
    市場内のフードコートで食べるスープや、バスターミナルで路上販売していた手作りのサンドイッチなどは、5Bsで購入できました。

  • 治安
  • ラパスを除き、日中はそれほど悪くないようです。
    しかし、サンタクルスの遺跡へ向かう途中、一度だけバスが検問に遭いました。
    彼らはたぶんニセ警官です。
    パスポートの携帯が義務付けられているので、注意しよう。

  • 水事情
  • はっきり言ってよくないです。
    ミネラルウォーターは、1本5Bs程度で買えます。
    ウユニでは、ホステル内でシャワーのお湯が使える時間が限られ、深夜は給水が停止される他、到着時には断水も起こりました。

March.23.2018

旅の行程

友人が乗船する、第97回ピースボートの出航を見送った2日後、僕は成田へ向かっていた。
アメリカ中部のダラスと、東部マイアミは、共に、翌3月11日から、サマータイムに入ろうとしていた。北半球とは気候が逆のボリビアには、サマータイムがないから、少々ややこしいい。
前回で述べたが、Sさんは写真家であるから、ウユニ歴3回というNさん(女性)がプロデュースに加わった。さらにもう一人、サンタクルス在住のTさん(女性)がラパスを離れるまでの9日間を共に行動してガイドしてくれた。後にNさんは、沖縄の友人の、また友人であることがわかった。

まず、ボリビアの中では標高の低いサンタクルス(海抜 400 m 程度)に2泊し、メンバーの交流と高山病の薬など必要なものを揃え、Parque Lomas de Arena(ロマス・デ・アレナ)の砂丘や1998年に考古学的な遺跡として世界遺産に登録されたEl Fuerte de Samaipata(サマイパタの砦)を訪問、次に、白く美しい建物が多く、1991年に世界文化遺産に登録された歴史都市スクレ(標高 2,810 m)に1泊、ここからは急激な高度上昇を避けるため、チャーターのバスに乗り、人が住む都市としては世界最高地点であるポトシ(標高約 4,000 m)を経由してウユニの町に向かった。

翌朝、1日分の荷物をdaypackに詰め、現地ツアー会社主催のワンデーツアーに参加、廃車体が観光名所となった列車の墓場やコルチャニ村に立ち寄り、塩湖の中でピクニック、ユニークな塩のホテル「Cristal Samana」にチェックイン(1泊)して、深夜 23:00~27:00 の星空ツアーに参加した。

ウユニ3日目は塩のホテルより出発して昨日とは異なる内容でのワンデーツアー、トリックアートなどに挑戦し、夕刻ウユニの町のホステル「ORO BLANCO」に戻り、仮眠して新月の星空&朝日鑑賞ツアー(2:00~8:00)に出発した。

4日目は希望者のみが追加料金を払いワンデーツアーに出発し、僕は街に残り、今回同行してくれた、ボリビア在住のTさんと、地元民用のレストランへ行った。
牛肉或いは鶏肉とじゃがいもなどの野菜、米やキヌアなどの穀物、パスタ(型崩れせぬよう焦がしている)を加えたあっさりしたスープは個性的で美味しいうえ、肉料理は飽きてきたので、昼も夜もメインを頼まずにオーダーした。
昼のセットは10Bs、夜は定番料理のどれを頼んでも15Bsであった。

天候は昼夜安定しているわけではなく、無風、鏡張りの状態から雷雨や強風、或いは突如雹が降り出すこともあるが、写真センスの優れた人は、ちょっとした変化も見逃さず、インスタ映えする作品に仕上げてしまうようである。

翌日、グループメンバーより一足早い8時25分のフライトでウユニからラパスへターン、午前中は概ね天候がよく、ウユニ塩湖を上空から見下ろせる左の窓側席を確保した。

March.22.2018

現地合流まで

そもそも、僕がボリビアへ行こうと決めたのは、約半年前のこと、友人がFacebookでシェアした、Global留学の、バックパックで現地交流、航空券込み、ウユニへ予算は39万円台という企画が、魅力的だったからである。

即刻参加表明したが、当初はグループでの航空券手配が思うようにいかなかったようで、意思決定直後に航空券は個人手配、現地集合に変わり、航空券を除いた現地の費用として199,000円を納めた。これには、帰路中継点のダラスを除く8泊の宿泊(朝食付)と、フライトを除く移動費用、現地ツアー代金、基本日程での海外旅行保険まで含まれている。

推奨される航空券を個人でトラベルコやエクスペディアなどの手を借り手配したが、何かおかしい、日程表と照らし合わせてみると、VVI(サンタクルス)ーSRE(スクレ)間が1日ズレており、現地LCCのamaszonas(アマゾナス)航空でのキャンセルが上手くいかず、31.07USDが二重払いになった。

ついでに記しておくと、amaszonas航空は、便の振替やフライト時刻の変更が多く、最初に搭乗するLPB(ラパス)ーVVI(サンタクルス)間は72時間前にwebチェックインできるため日本で確認、以後はwebチェックインの環境が整わないため、都度空港カウンターで、次に搭乗を予定するフライトの確認を行った。

トータルの航空券代は、ボリビアの国内線を含めて201,176円である。(含VVI-SREの二重払い)

現地連絡の手段としてイモトのwifiを契約することを勧められて、21,592円にてレンタルしたが、何と言い出しっぺのS氏が直前にキャンセルをしていた。

理由はwifiレンタル会社より、現地で繋がりが悪いという報告を受けていると連絡があったためだが、実際はイモトのwifiはそれなりに役に立った。
Paceña
S氏とは計画発起人であるが、職業は写真家であり、ボリビアを知ってもらうために尽力しており、人柄もよく、これらのことで責めようとはおもわない。

実際、南米でも最貧困国と言われているボリビアは、想像以上に綺麗にしている町が多く、貧困=汚いという思い込みを反省した。

僕の購入したLPB(ラパス)行きのAmericanair(アメリカン航空)の便は、その後amaszonas航空に乗り換えなくても合流点のVVI(サンタクルス)まで飛ぶことになったが、航空会社に申し入れても変更が効かなかった。

とまぁ、出発までいろいろ心配なこともあったが、この旅、やはり選んで正解だった。

ボリビアは美しい。

February.25.2018

ただいま、Boliviaの旅をデザイン中

体重の軽い僕は、もともと旅の荷物は少なめであるが、近年はクルーズ中心の旅を続けていたから、ものの重量にはあまりこだわらぬ部分もあった。
しかし、今度の旅は、バックパックで移動するものであり、PBでお世話になった四隅大輔さんの提唱する、1gでも軽いものを選択するということに徹した。

1月にパリとモンサンミッシェルに同期生6人で旅行した。
ちょうど、目的地の気候環境が似通っていたので、衣服のコーディネートを含めデータの収集を行うこととし、5人がキャリーケースであったのに対し、1人Cote&Cielのバックパックで参加した。

後日、ある程度の想定はしていたが、シティファッションのダウンジャケットはボリュームの割に保温性が低く、アウトドアブランドのインナーダウンを購入+ウィンドブレーカーに、パック内部も従来はホテルのランドリー袋などを衣類分けに使用していたが、全面見直し、小分け用のスタッフパックを導入することにした。

昨今のアウトドアグッズの充実ぶりは、10年前の比ではない。
メインのパックは、昨年、メルカリで落とした、ficoutureの55Lサイズに決めた。
旅の予定日数は12日間であり、少々控えめな容量であるが、僕の背負える最適な重量とか、機内持ち込みなどを考慮したうえである。
完全防水でシンプルなパックである反面、サブポケットなどは一切無い。

このパックを使いこなすには、小分け用のスタッフパックは必須のアイテムである。
軽くて薄い、柔軟性に富んだ上質のスタッフパックは、バックパック内部を隙間なく満たし、バランスの崩れを防ぐ役割も担う。

カメラ用のサブバッグも必要であった。
長いこと、一眼レフカメラはbillinghamのポーチに入れ持ち歩くのが常であったが、前述のようにバッグパックにはサブポケットの類が一切無いので、ボディバッグの機能を併せ持つものを探した結果、Loweproのショルダーバッグに辿り着いた。

November.20.2006

12) プライベートに設定したフォルダにアクセス許可を与える手順

mv Sapphire Princess通常、Dドライブに置いたフォルダは誰からでも見えてしまうため、マイドキュメントなどをDドライブに移した場合はプロパティの共有タブを開き、「プライベートに設定」にチェックを入れます。
プライベートに設定したフォルダとサブフォルダはOSを再インストールした場合、パスを移動させただけでは、「アクセス許可がありません」と警告され、開くことができません。
アクセス許可は次の手順で取得します。
1)適当なフォルダを開き、フォルダオプションの「表示」タブをクリックし、「簡易フォルダの共有を使用する」のチェックを解除する。
2)管理者ユーザーでログオンして、対象のフォルダのプロパティからセキュリティータブを開く。
>グループ名またはユーザー名の「追加」をクリック
>「選択するオブジェクト名を入力~」にユーザー名を入力する。
>「名前の確認」(コンピューター名が追加される♪)
>「OK」
>アクセス許可のダイアログボックスで許可を付与する項目にチェック。
>「適用」
もしグループ名またはユーザー名の追加ボタンが押せない(非アクティブ)場合
「詳細設定」>監査タブ>「追加」>「選択するオブジェクト名を入力~」にユーザー名を入力>「名前の確認」>「OK」以下同上
3)サブフォルダのある場合
アクセス許可タブで「アクセス許可エントリを選択し、「子オブジェクトすべての~」チェックボックスにチェック>「OK」
4)所有者の置き換え
>所有者タブ>「所有者の変更」で名前を選択>
「サブコンテナとオブジェクトの所有者を置き換える」にチェック>「適用」
なお、Cドライブのリカバリー後にDドライブのマイドキュメントにパスを移動させる場合、上書きさせないためには「元のドキュメントを移動しない」を選択します。

November.17.2006

11) クラシック表示のXp-Proのログオンユーザー名を変えるには

ハマ来い踊りXpにはユーザー名とフルネームという、ふたつの表示があります。
ユーザー名は最初にアカウントを作ったときに登録され、コントロールパネルから変更できるのはフルネームのみです。
ようこそ画面ではフルネームが表示されますが、クラシック画面にするとユーザー名が表示されます。
ユーザー名を変更するには新たにユーザーアカウントを作り、今までのものを削除するしかなさそうです。
しかし、これを実行するとマイドキュメントフォルダも削除されてしまいます。
そこで、マイドキュメントのアクセス権限をまず新しいユーザーに移さなければなりません。
これは少々やっかいです。
マイドキュメントのプロパティのセキュリティータブでアクセス許可に新しいユーザー名を追加します。
セキュリティータブは通常隠れていて見えません。
(つづく)

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