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February.20.2016

地球一周の夢に向けて-5

約1ヶ月の入院治療を終えて帰宅した母が最初に口にした言葉は、「ナースコールが無い!」であった。
あの日(入院)まではほぼふつうに生活しており、僕は耳を疑った。
入院生活最初の頃は貧血がひどかったため点滴を受けており、体力が低下傾向にあった。
それでも母は精神的に頑張っており、自分のことはなるべく自分でやろうとした。
ある日、病院側から「(母が)ベッドから落ちたので紐を付けさせていただきます。」と連絡が入った。
どうやらトイレへ行こうとしてミスをしたらしい。
それ以来、病院の監視は厳しく、自分で行動することは無くなった。

退院時にはすっかり自信喪失しており、医療相談室を介し在宅介護の手配が勧められた。
(これにより家族の負担が軽減されるには程遠く、むしろ介護保険を使用して介護用品をレンタルする等の指導・斡旋は経済的にも負担を強いるものである。)

一方、約4か月の間服用された処方薬はその効果が見られず、已む無く投与の中止に至った。
次の段階?では採血のデータや診察はもはや重要ではなくなったようで、検査結果の出る前に輸血を前提に点滴室に入り、病の長期化とともに増すストレスなどから、母とは対照的に僕は生活が不規則になることも珍しくなくなった。