May.26.2019
Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day36
民主主義において、自国に都合のよい政治家を選んでしまったところから、民主主義の崩壊が始まった。
今日は、第一収容所より、約3Km西の第二収容所Birkenau(ビルケナウ)を訪ねた。
ここには当時、300を超える棟があり、9万人を超える人びとが収容され、4棟のガス室が存在したが、戦争に負けるとわかると、戦争責任を問われると考えたドイツ軍は、ガス室などを破壊して証拠隠滅を図った。
設計図には、焼却炉と記載し、伝染病を防ぐための施設であると言い逃れを考えていた。
このような行為は特別なことではなく、報告書の捏造などは、その当時における社会の価値観の違いであり、指示されるまでもなく、暗黙の了解で忖度して行われることが日常的であった。
戦後、軍のトップは虐殺を知らなかったと主張し、現場は命令に従っただけであると、互いに罪を否定したが、ここに収容された者はガス室で死ぬか、病気で死ぬか、餓死するか、死は変わらなかった。
世界遺産ではあるが、観光地ではない。
この地で約100万人が亡くなられており、私たちは想像を膨らませるしかない。
シャッター音にかき消され、声に耳を傾けることが出来なければ、ここまで来る意味もない。
戦争を体験した両親は、生涯グアムやパプアニューギニアには行きたがらなかった。
想像せずとも、聞こえてしまうらしい。
アウシュビッツでの出来事を継承するために建てられた、Center for Dialogue and Prayerに滞在しての3泊4日の特別プログラムにおいて、最終日は現地高校生との交流会で、実際に文化の違いや未来について述べるなど対話により互いを理解するためのトレーニングを行なった。
アウシュビッツは人間の本質がとても弱く、理性とのバランスが失われた場合、如何に残酷になれるものであるかということを語りかけ、我々はどうバランスを取り、対話していくか提起されているというのが、今思うとこである。
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Auschwitz II-Birkenau gate from inside the camp,2019 |
Camp unloading ramp ここで貨車から下ろし、沿道に2列に並ばせ、選別が行われた。 左手に親衛隊管理事務所と女性収容所のバラックが写っている。左右の奥に、ガス室・焼却炉があった。 |
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- Local time May 25 (Sat) 21:00