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May.28.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day38

ポーランドを後にスペインのMálaga(マラガ)へ飛び、モトリルで本船に合流する前日、グラナダ市内に泊まった。
乗船前、何故ここなのだろうと調べたら、Palacios de La Alhambra(アルハンブラ宮殿)に徒歩で行けることがわかり、3ヶ月前の1日、インターネットでイベリア半島最後のイスラム王朝・ナスル朝(1232〜1492年)の時代に王の居城であり、政治の中心でもあったPalacios nazaríes(ナスル宮殿)の入場チケットを、14.85ユーロで入手した。
事前に東京で途中離団の申請をしていた(ツアー開始後の離団は認められない)が、昨年4月のショートクルーズ以来、親しくして頂いている世界遺産マイスターのH.K.さんにアドバイスをいただき、午前の早い時間帯のチケットを入手していたので、離団することなく自由時間において訪れることが出来た。
高速バスチケットは無駄になったが、メンバーとは共にモトリルに戻り、シャトルバスで町へ行き、ラザーニャを売る店を探し、サングリアとともに食べた幸せには変えられない。笑

Puerta de las Granadas
” グラナダス(ザクロ)の門 ”
Pilar de Carlos V fountain
Torre de la Jasticia
1348年に建てられた” 裁きの門 ”

外門アーチ上部に、予言者ムハマンドの教えの5大戒律を意味する”手”が、内門アーチ上部に信仰を現すダヴィデの”鍵”が刻まれている。
Palacio de Carlos V
カルロス 5 世宮殿の円形パティオ
他の建築物とは趣きが異なり、16世紀にキリスト教国スペイン国王であるカルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)により建築が進められた宮殿です。
Palacios nazaríes : Entrada
arabesque(アラベスク)模様
The Mexuar
” メスアールの間 “の木組み天井
現存する建物の中で最も古く、政治や裁判が行われた場所。
Cuarto Dorado
Mohamed(モハメッド) V世によって建てられ、レコンキスタの後、ムデハル様式(イスラム教徒の建築様式とキリスト教建築様式が融合したスタイル)の塗り替えにちなんで” 黄金の間 “と名付けられた。
Patio del Cuarto Dorado
Ceiling of the Hall of the Ambassadors” 大使の間の天井 ”
宮殿の最も壮大な11.30×11.30mの正方形のホール、高さは18.20mある。
イスラム教の楽園の七天国を表し、真ん中に神の玉座がモラカベ(鍾乳石に似せたデザイン)によって表されている。
A moorish window of the Hall of the Ambassadors.
ムーア様式(アラビア風の幾何学模様)の窓
Hall of the Boat (Sala de la Barca)
” 船の間:長さ24m、幅4.35m ”
名前の由来は、アラビア語で祝福を意味するbaraka(バラカ)が、スペイン語でボートを意味するbarca(バルカ)に転訛したもの、天井が船底の形をしており、幾何学模様の寄木細工が施されている。
Hall of the Two Sisters
床の一部である2つの大きな双子の大理石の敷石のためにそう呼ばれた。
鍾乳石をイメージした装飾天井

Las Habitaciones del Emperador
” 皇帝の部屋 ”
天井に「PLVS(VLTRA)」、さらに彼方へという意味の文字が入っている。
アメリカの作家、Washington Irving(ワシントン・アーウィング)が滞在してアルハンブラ物語(1832年)を執筆した。

Puertade Bib Rambla
” ビブランブラの門 ”
元々はYusuf 1世(1332~1354)により旧市街に建設された。死刑を宣告された人の処刑に使用されたため、Arcode las Orejesという、ドアの耳に掛けるという慣習に由来した別名がある。
1873~1874年に解体され、Alhambraの森に再構築された。
  • Local time May 27 (Mon) 21:00