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July.04.2019

Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day75

タヒチ寄港を3日後に控え、水先案内人として乗船されたガビ(Gabriel Tetiarahi)さんの、「南太平洋で行われた核実験」という体験に基づく講演が、衝撃だった。

第二次世界大戦の戦勝国に核の保有が認められたことにより、フランスは核開発を始めた。

最初の核実験は植民地であるアルジェリアの砂漠で行われ、1962年にアルジェリアが独立したことにより、新たな核実験の場が必要になり、南太平洋にフランス人がやって来た。

フランスが本国から遠く離れた南太平洋を核実験場に選んだ背景には、人種差別があったのだとガビさんは指摘する。
フランス政府は無知であったタヒチアンのidentity(独自性)を奪い、母国語の使用を禁じるとともに自給自足の生活を破壊し、実験はクリーンなものであると説明した。

皮肉にもタヒチアンの彼は1975年にフランスに留学して、被爆者の声を聞いて、それまでの嘘を知り、核実験の中止を求めて立ち上がったが、1996年に終結が宣言されるまで、ムルロア環礁では核実験が続けられた。

僕が冒頭に衝撃だったと記したのは、3年前の地球一周ではマルセイユを訪れ、難民支援という側に立つ人権活動団体との交流プログラムにも参加していたからである。

被爆地に人はいないと言われていたが、防空壕に先住民族を入れ、人体実験も行なわれたことが指摘されている。

核実験労働者の証言はフランス政府が軍の機密として持ち帰り、タヒチアンは国際司法裁判所への訴訟や被爆の補償も現状では受けられておらず、ポリネシアの早期独立や、核兵器禁止条約の実現に向けて熱く語った。

Common Myna or Indian Myna(インドハッカ / 学名:Acridotheres tristis)
外来種である
— the only dolphins to spin vertically in the air.
msy Wind Spirit / 5,307GT
Windatar Cruises
Cruise ships dock in Papeete
  • Local time July 3 (Wed) 23:00

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