April.10.2019

Peace Boat’s 101st Global Voyage/ 卒業

乗船を目指してボランティア活動に参加し、一定の目標を達成した人などに授与される卒業証書(地球一周の夢に向けて-16参照)をいただいた。
全クリ(乗船料相当額の割引をボランティア期間中にクリアすること)したわけでもなく、風の吹く日も雪の散らつく日も大きな重いバッグにポス貼り用具一式を携え、メンタルを鍛えた仲間とともに表彰を受けるなんて、考えもしなかった。
僕は心の何処かで新しいやる気スイッチが欲しくて、導かれたのではないだろうか。
僕らの一生はそれほど長いものではないから、つまらぬ人生は送りたくない。

いよいよ4月20日から、輝く仲間達と、二度目の地球一周に旅立ちます。
今回旅を共にするメンバーには、キックボクシングのタイトルを保持し、3月10日後楽園ホールにて開催されたBigbangで、1R2分11秒TKO勝ちを見せた現役の選手もいます。(赤コーナーにて「のぼり旗」持たせていただきました。)

僕にとって旅は、家の中をミニマムに保ち、自由であり続ける手段でもあります。(地球一周の夢に向けて-12参照)

今日(4月10日)、横浜から1,359人?の乗客を乗せ、世界一周に出たJTBチャーターのSun Princessとは、ニューヨークで並びます。

きっと楽しい旅にしてみせます。

February.04.2019

Peace Boat’s 101st Global Voyage/ 渡航手続

日本のパスポートは2018年10月9日現在、世界190か国にビザなしで渡航できるようになり、ビザなしで訪れることのできる国、地域の数は単独世界一となりました。
パスポートは、各国政府が発行を行い、国外に渡航する人に国籍や身分を証明するものです。
対してビザ(査証)は、渡航先の国が発行する、滞在許可証です。
ESTAやETASはビザではありません、ビザ免除プログラムを指します。導入する国が増えています。

101st Global Voyageで、ビザやビザ免除プログラムの手続きが必要な国は、オーバーランドも含めると、カンボジア、スリランカ、エジプト、米国、キューバ、オーストラリアでしょうか、五大陸ゆえビザ(以下、ビザ免除プログラムを含む)の数も半端ないです。(笑)

自身で取得できる場合は手数料の減額を受けられますが、ビザが取得できる時期や該当するビザの種類、有効期間などは自分で調べ、旅行会社の担当者にも確認しておかなければなりません。
個人取得されたビザはイレギュラー※1)であるため、入管手続きにおいてその順番が最後になることもあります。

ETASはオーストラリア政府が実施※2)している電子査証になりますが、このシステムは航空会社の航空券発券システムをベースとして開発されています。従って航空会社の発券システム上でもETASを申請、取得することができます。※3)

※1)本来は「不規則な」という意味であるが、「例外」を指す。
※2)政府の公式サイトではシステム利用料金20AUDが発生します。
※3)但し、航空会社は現在ETASの登録サービスを行っていないため、少しでも費用を節約して取得したいなら代行業者に依頼します。
※4)スリランカ、期間限定でビザ免除?

September.28.2018

Peace Boat’s 101st Global Voyage/ 自由旅

世界のクルーズ客船を体験する僕が、ピースボートに惹かれる最も大きな理由は、船を出すというプロセスにあります。

ピースボートの乗船を目指す人には、大きく分けて二つのタイプがあります。
ひとつは、自分や家族へのご褒美として世界を周遊したい人、ひとつは、地球一周を中継点として、自己啓発に邁進するヤングと呼ばれるカテゴリーの人たちです。

前者は地球一周をゴールとし、後者は街中のお店にポスターを貼らせていただき旅する仲間を増やしたり、訪問先の国やNGO団体の要請に基づいた支援プログラムに携わるなど、目標を定め行動する若者を中心に、船を出す原動力となります。

世界の子ども達の描く絵を動画化し、交響曲にのせて平和を訴える活動に取り組むアニメーション映画・監督の宇井孝司さんの言葉を借りると、(ピースボートは)「お金は出さないけど船は出す!」ので、世界をライフワークとするジャーナリストや学者、アーティストなどが、水先案内人を引き受け乗船を希望されるというのもわかります。
一般的なクルーズではなかなか訪れることのない国や地域への旅と交流は、ピースボートの大きな魅力です。

二周目にあたるOcean Dream号での地球一周を2019年4月に出航する第101次航に決めたのには、様々な事情がありましたが、ひとつにはこのプロセスを大切におもうためだったと言えます。

ピースボートには、その乗船行程の一部分を離脱するという、特別な乗船方法があります。
これはフライ&クルーズや区間乗船、オーバーランドツアーなど、主催者により企画、募集されるプログラムではなく、自己責任により、本船から離脱行動し、陸路若しくは空路により、再び本船に合流する、究極の自由旅です。

August.13.2016

地球一周の夢に向けて-20

P-MACって知っていますか?
NGOピースボートが1998年から行っている、地雷廃絶キャンペーン(Peace Boat Mine Abolition Campaign)です。100円で、カンボジアの1平方メートルの土地から地雷を撤去することができ、人の命が救われます。

カンボジアには推定400万~600万個の地雷が埋設されており、今こうしている間も、小さな子供を含む一般市民がその犠牲になっているといわれております。(第92回クルーズ参加の一員として、一夜漬けで勉強しました。笑)

ピースボートが出航すると、それまでお預かりした善意も現地の関係機関に届けられることになります。

僕、伝説の第63回クルーズ(2008年9月7日~2009年1月13日)の神対応が、ずっと不思議でならなかったんです。
当時チャーターしていたClipper Pacific(クリッパー パシフィック 22,945 GRT)がピレウスにて航行不能のトラブルに遭い、そこで旅を打ち切ることだって可能であったろうに、何故代船の手配をしてまで地球一周を続けたのか。
また、Leonardo Shipping(レオナルド シッピング)はなぜ、人々に大切にされ、当時保存する計画の持ち上がっていたMV Mona Lisa(モナリザ 28,891 GRT)をピースボートに貸したのか?

それが今日、少し理解できるようになったんです。
わが国では一部でピースボートにネガティブなイメージを重ねる人もいますが、海外ではまったく見方が違うんですね。

というのもピースボートは海外からの参加を受け入れており、英語やスペイン語の教師として乗船された外国籍の方もたくさんいます。

NGOとして活動しているので地元メディアに大きく取り上げられ歓迎されることも多く、当時ドイツの旅行会社「Lord Nelson Seereisen」がチャーターしていて、ちょうど8月31日で契約の切れたモナリザがピースボートにチャーターされたのは、運命の出会いであったと言えます。

そう考えると、かってソマリア沖でNATO軍が護衛してくれたとか、そこに日本の自衛隊がいれば、守るのは当然かなともおもえるわけです。

それにしても、ヨーロッパで余生を送っていたMonalisa、彼女は再び地球を回る晴れ舞台に、さぞ驚かれたことでしょうね。

さて、第92回クルーズはカンボジアには寄港しませんが、オーバーランドツアーを通じて現地関係機関に支援物資(街頭募金でお預かりした地雷除去のための資金を含む)をお届けしたり、子供たちと交流するプロジェクトが組まれております。

P-MACの活動は、若者が自発的に集まって街頭に立ち、集計は感謝の意を込め、全員立会いの下で行われ、報告、記録されます。
92nd Global Voyage/ At Sea
千円札や、時には1万円札を寄付してくださる方もいらっしゃいます。
それはとてもありがたいのですが、僕は募金を行う意味は、多くの日本人にも地雷問題を知ってもらい、善意を今なお地雷の脅威と隣り合わせで生活している人々に届け、同時に現地を勉強してくることにあるとおもっております。(今回僕は船で地球一周することを目的としており、オーバーランドツアーには加わりませんが)

因みに第92回クルーズに乗船を予定する数名の若者が、出航準備もありボランティア期間を終了した今も、街頭に立っております。

August.11.2016

地球一周の夢に向けて-番外編

人生初となる第92回地球一周104日間のパッキングは、日曜日一日でほぼ終えることができた。
計画通りスーツケース1個とバックパック1つにすべてを収めたが、全体としては僕のなかで過去最大量の荷物である。
全部で約120点をリストアップし、できる限り軽量でかさばらないアイテムを選んだつもりだが、なかには通常のクルーズでは考えられないようなものも入っている。(笑)
正直、こんな楽しいパッキングはないだろう。

用意が整ってしまえばこっちのもので、来週出港だというのに昨晩もPeace Boat Centerのイベント(なのだろうか?)に参加させていただいた。
というのも先週、ふるさと納税で山形から送っていただいた10kgのお米のうちの半分が出港までに消化しきれないことを知り、寄付に訪れていたのだが、シェフはそれを活かしてハヤシライスをこしらえていた。

料理人のセンスの良さはほどよい水分量で歯ごたえを残し一升を炊き上げ、皆がおいしいお米と評してくれた。
山形の農家の方が丹精込めて育てられたものだけに多くの若い人に食べてもらう機会を得、ほんとうによかったとおもう。

August.03.2016

地球一周の夢に向けて-18

僕が小さいころ、心に描いたクルーズは、海を介して地球を知る、七つの海を自由に横浜に来航したClassic linerのような、冒険を伴う旅である。

我が家では夏はつけ蕎麦ならぬつけ素麺の日が多かった。
母の素麺はあまりにもシンプルであり栄養価が低く、そのため僕は素麺を遠ざけるようになった。

人はいつかは老衰し生まれた時に戻るらしい。
つまり、成長と逆の過程をたどり、食欲が減退、眠くなる時間が長くなっていく。
老化し、分裂を止めた細胞の中では免疫物質が数多く作られるということまでわかっており、これによりすべての説明がつく。

少量の茹でた素麺を氷で冷やし、めんつゆをかけると母は残さずに食べた。
栄養の不足を補うための付け合わせには、やはり箸をつけなかった。

ある晩の横浜Peace Boat Center、ポスターを携えて熱い思いを伝え、ファンの獲得に努めたメンバーが戻って来るのをオリジナリティー溢れる料理を用意して待っている、シェフもまたボランティアで「はましあい(定例会)」において、次回のシェフが決まる。
今日のメニューは豆乳スープを使った冷しゃぶ素麺と、なめこだれ素麺の二通りであった。
素麺なんて腹の足しにもならないとおもっていたが、これはバランスよく満足度が高い!

「スタッフで地球を9周した人いるんですって?」と切り出したら、「スタッフには30周の人もいますよ。」って、若いほど国や人種に捕らわれることなく、自然な形で同世代の人と語り合い、親交を深めることができるチャンスも多くなります。
92nd Global Voyage/ At London
航路上の幾つかの国や地域に、Ocean Dreamが届けるUPA(世界各地へ支援物資を送る活動)や交流を待ち望み、希望を寄せている人々がいるなどということは、自分が関わるまで想像することもありませんでした。

出航まで残り僅かです。

July.26.2016

地球一周の夢に向けて-17

自分の手で船を出すことに携わりたいとおもっている。

目標は、実社会における地位や年齢に左右されず誰もが平等であり、若さと活気に満ちた新しいクルーズ文化の構築であり、日本にはピースボートという世界に類を見ない、誰でも参加できるところの船旅がある。

70歳、80歳になってもクルーズに参加することは可能であるが、自分が何かをやろうとしたら、今しかない。
この船を出したい、その想いは10代、20代にも負けないつもりである。

現在クルーズの黎明期において、Ocean Dreamと比較してアコモデーションやアメニティで勝っていたと言える船はそれほど多くない。むしろ北米のクルーズ会社は食事に関しては量はあるけど不味いというのが定説であり、欧州は中古船の市場であった。
それはわが国のようにクルーズをステータスシンボルとしているのでなく、モノクラスのレジャーとして安価であり自由を尊重し若い人たちの間に広がっていったからで、小さなクルーズ船を支えたのは若いクルー達であり(その頃の僕は、どの船でもスポーツインストラクターと仲良くなっていた)、市場を大きくしたのは、絶えず新しい価値を創造し可能性に挑戦し、人びとをわくわくさせたからではないだろうか。

生まれた時からすべてが決まり手の付けられぬ世界なんて面白くないし、次の世代がそれを壊し、変えるのは自然な流れであろう。
クルーズの世界にも、船内新聞はiPadで配信、エンターティメントの席はWebで予約、ロボットがカクテルをつくるような船が出現しています。
このような船が主流になり得るかどうかは別問題です。

捕捉すると、日本にも1999年まで、「新さくら丸」という、ピースボートも複数回チャーターしたユニークな船(外航純客船)がありました。
とくに1994年4月28日~7月20日実施の第16回航海は、日本船としては約20年ぶりの世界一周で、引退する1999年1月19日~4月16日実施の第25回航海は、日本船初の喜望峰~マゼラン海峡を通る世界一周でした。
生まれは日本の貿易振興と国際親善を目的とした巡航見本市船で、客船としては珍しい単発エンジンでした。
改装にあたり展示スペースに新設されたキャビンはアウトサイドでも窓がなく、反面、700㎡もあるスポーツ甲板は、この船の特徴のひとつでデッキランチや洋上運動会が盛んに行われました。
サービスは他の商船三井の客船と遜色なく、庶民的な船でした。

今朝、Ocean Dreamが第91回地球一周の旅を終え、横浜港大さん橋に戻ってきました。
出港のときの笑顔も素晴らしかったけど、帰ってきたときの笑顔はもっと素敵でした。

横浜では燃料補給や食料の積み込みがあり、神戸に向け出港しました。

※写真∶ 引き船は東京汽船の春日丸187tです。

July.25.2016

地球一周の夢に向けて-16

ついにParty Week突入です。
全国のPCに通っていると、それぞれの地域のPBスタッフ、共に地球一周を目指して活動するボランティアスタッフらが、卒業を祝ってお見送りパーティー、通称「いってらっぱ」を開いてくれます。
僕の活動ベースは横浜ですが、東京へも時折顔を出しており、どちらも出席しました。

これには僕なりの理由があり、親の病気と向き合いながら現在地球一周を目指しており、自分を励ますための参加でしたが、卒業証書を手にすることが出来ませんでした。

一夜明け、主治医から洗浄血小板(現在、日本赤十字社から取り寄せないと一般病院には流通していない血小板です。)の使用に関する説明と心肺蘇生処置の意向を示す確認書の記入・署名を求められました。
自分なりに覚悟はしたつもりでしたが、病状は考えたより悪化しており、親戚も見守る中で決断を下すのは本当に辛いです。

船を出す人、その船に乗る人、ボランティアする人、できない人、それぞれに楽しい旅であって欲しいと願っております。

July.06.2016

地球一周の夢に向けて-15

僕が学生の頃は世界遺産に登録された国、地域はまだなく、また、日本が世界遺産条約を批准、締結したのはユネスコにおいて世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約が成立してから20年が経った1992年であったこともあり、世界遺産に関する知識は乏しく、関心も低かった。
ミケーネ文明の発掘されたクノッソスなど、現在世界遺産に登録されている幾らかの地域には既に足を運んでおり、この遺跡のその後もそうであるが、世界遺産を観光ブランドとしたり政治利用する一部の人たちの行為が、心の何処かで誤解を招いたことも影響している。

我が国の学校教育の多くは歴史を点で捉えていると言われ、断片的な事柄に対する年号の暗記などに重点が置かれた授業は、歴史に対する興味を失わせるのに十分である。
ツアーで世界遺産を訪れたときに、何故世界遺産なのかをきちんと説明できない添乗員やガイドが少なくないというのも頷ける。
この事象を裏付けるように、30年にわたって世界遺産の保護や広報活動に携わってきた吉岡 敦さんの講座に集まったのは、シニア世代が大半を占め、ちょっと残念であった。
まぁ、実際に寄港先でオプショナルツアーなどに参加するとなると、それ相応の資金もいるから、無理はないことなのだが、この講座は無料で開催され、僕は何にでも足を運ぶたちなのだ。

サンマリノっていう国、行ってみたいなぁ。
世界遺産は地球と人類の歴史であり、未来へつなぐ大切な財産である。
つまり、ひとつひとつもそうであるが、地球規模における壮大なロマンがそこにあることを、吉岡さんは熱く語った。
92nd Global Voyage/ Habana船で地球一周するということは、歴史の縦軸を横軸に繋ぐこと、これは昨年の日韓クルーズの水先案内人の一人であったルポライターの鎌田 慧氏が言われた、「歴史を縫う」という表現と重複するが、歴史の証人になるというおもいが込められている。

June.19.2016

地球一周の夢に向けて-14

大航海時代がもたらしたもの、それは世界がひとつの地図に描かれるようになったことでありました!

1海里(nautical mile)が1.852kmであることは知られておりますが、では何故1.852kmなのでしょうか?

地球を一周すると約4万km、いや、地球の子午線全周長を4千万分の1にした長さがメートルであり、一周は360度だから緯度の1度を60分とする(60進法)と、40,000÷(360×60)=1.852kmであり、つまり緯度の1分≒1海里なわけです。
1ノットは1時間に1海里(=緯度1分)進む速さの単位です。

航海において計画したとおりに進んでいるかどうかを知るには、先ず自分の居る場所を正確に知らなければなりません。
そこで緯度と経度の計測が必要になります。

緯度は北極星や太陽の高度を測定して求められましたが、経度は自然界に基準となるものがありませんので、人為的に定めたものが子午線(しごせん)と呼ばれるものです。
地球はほぼ24時間で1回転しており、経度は360度÷24=15度ごとに1時間の時差を生じるので、本初子午線(グリニッジ)を基準に180度の地点(つまりハワイ付近)に、日付変更線を設けたわけです。

太陽がその日最も高くなる時分秒の正確な世界時を測ることができればその地の経度を知ることができ、航海に要する正確な時計、クロノメーターはこのような過程で生まれました。

ついでに、Bridgeとは文字通り船上に掛ける橋、Nav’bridgeのことで、外輪蒸気船の時代には両舷外輪カバー上に見張台(航海当直指揮所)があり、右舷から左舷(左舷から右舷)に移動の際はいちいち甲板に降りなければならず、「面倒だから左右見張台を繋ぐ長い橋を掛けてしまえ」となったのが原型です。(笑)
暫くの間は航海船橋(Bridge)と船尾操舵所(Hood)とは別々に存在していましたが、一般商船の主流が汽船(スクリュープロペラ船)になり航海船橋兼操舵室になるとNav’Bridge & Wheel-House、いわゆる操舵室という名称が使われます。
近年は機関制御室も同居し、Bridge-Control-CenterをBridge=操舵室という場合もあります。

Logは木片、Knotはロープの結び目のことで、昔は予めわかっている距離に丸太を流したり、木片を付けた一定間隔で結び目のあるロープを水中に落とし、砂時計が落ちる間に何個出るかを記録するなどして速力を測っていました。それがLog Bookであり航海日誌の語源です。

さて、今回のクルーズではスエズ運河の通行が予定されており、POSH(Port-side-Out-word, Starboard-side-Home-wordの略)という伝えがありますが、これはスエズ運河にて客船を運航していた船社が上等客に対して実施したあるサービスが単語になったものです。
因みに今回僕はキャビン選び(位置リクエスト)をしておりません。船が好きであればどこに乗っても楽しいであろうし、絶対この場所でなきゃ駄目とかおもってしまうと、ストレスを溜め込んでしまうからです。

今回のレポートは、時差と航海速力に関する素朴な疑問がきっかけで、知り合いの商船船長よりいただいた資料をもとに、まとめました。
尚、英語のCaptainとは、各国とも海軍大佐または陸軍・空軍・海兵隊大尉のことを指すそうで、商船士官に海軍予備制度のない本邦商船船長はMasterが正しい呼称ですが、一般的敬称としてCaptainが使われているようです。

※写真∶ 荷役作業を行ってくださっているのは、その道のスペシャリスト、「相模船舶作業(æ ª)」さんです。ピースボート スタッフではありませんよ~

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