Home > 2月, 2012

February.27.2012

2月12日(日) Cuverville, Neko

南極に入り2日目(クルーズ5日目)の朝、5Deck右舷に位置する私の部屋からは、雪で連なる柔らかい表情の山々が、太陽の光をもらい薄いpink色に染まっていく光景が目撃された。
出航して初めての良い天候に恵まれた朝を迎え、私は母にも声をかけた。
だが母の眼は急激な痛みに襲われ、急性結膜炎と診断された。
幸い薬を塗り1日安静にすれば完治すると言われ、今日予定される上陸は私のみ参加することとなった。
時間がないので6Deck Buffetで食べるはずであった朝食をRoom service※1)に変更、1人前のClubhouse sandwichとCoffeeを届けてもらった。
このクルーズのShip’s Physician(船医)を務めるDaniel Roure氏は60代前半の色艶良い大柄な人物であるが、患者に優しく、彼はまたJazz pianistとしても世界が認める腕を持っていた。
残念ながら€20の彼のCDは母の治療費もある(後日保険請求)ので見送ったが、彼のサインの入った診断書はコピーを手元に残し記念に代えさせていただいた。(笑)
Cuverville Island最初の上陸地に選ばれたCuverville Island(クーバービル島)にはGentoo Penguin(ジェンツーペンギン)のrookery(ルッカリー=集団で子育てする場所)があり、それを狙うSkua(ナンキョクオオトウゾクカモメ)やAnterctic Fur Seals(ナンキョクオットセイ)の姿も確認した。
最大約2時間の滞在が許可されたことから体力に自信のある者は標高250mほどの雪山にも登った。
頂上から見るCuverville Islandはとてもちっちゃな島であったが、Zodiacの発着する海辺しか知らなければ狭い海峡を隔てた借景による効果で全く異なる印象の島であった。
Zodiac boat午後はNeko Harbour(Andvord Bay)へ、日本語に置き換えてしまうと猫を連想するが、Neko号というノルウェーの工船(捕鯨母船)に因む。(爆)
南極大陸の一端をなす南極半島にあることから、南極大陸へ確かに足跡を印したことになり、人気のスポットとなっている。
大陸の氷河は小さなものでも島々の氷河とは比較にならず、陸上では氷河崩壊の音が鳴り響く。一方、Bridgeからはこんな光景が。
氷山と力比べするZodiac boatの姿がユーモラスです。
 
※1)Room serviceは24時間対応している。
order sheet(breakfastのみ)によらぬorderはa la carteでの注文となる。
tipsに2ユーロのcoinを幾らか持参した。 guy92’s point

February.26.2012

2月11日(土) Wilhelmina Bay

Killer whaleDrake Passageを抜けた翌日は霙雑じりの雪で視界が悪く、Mikkelsen Harbor(ミケルソンハーバー)/Trinity Is.への上陸は早々中止決定され、且つZodiac Cruiseに予定された地域の天候回復も見込めないためCaptain E GALCIAとExpedition LeaderのNicolasら(以下TEAMと略)は一気に船を南下させる作戦に出た。
Two Hummock Island付近でシャチと遭遇、じつはExpeditionのSpecialist達にとってDestinationの調整を図るのは容易なことではないということを後に知った。
何故なら南極半島とその周辺の島々に於いて上陸可能な場所は限られる上、ポイントが異なれば同じ種類の鳥や哺乳類に遭遇できるとは限らないからだ。
例えばアデリー属のペンギンの中には営巣地が限られるものもあり、バランスよく多くの生物を見てもらおうと考える前述のSpecialist達は南極条約の制約のもとで調整を図り、(例えば、ひとつの島に1日に上陸できる隻数は規制されている。)ポイントに近づくとZodiacを先行させ海の中を確認したり上陸場所の安全整備を行ない旗を立てるのである。
Test runではDrake Passageで遭遇した低気圧による余波とおもわれるうねりにより、船尾Boat MarinaでのZodiac(ゾディアック)発着に良い結果が得られなかったので、Gerlache Strait(ゲルラーシュ海峡)で隔てられ、奥まったWilhelmina Bay(ウェルヘルミナ湾)に改め、午後からのZodiac Cruiseを実施することになった次第である。
最近はDrake Passageを避け飛行機でサウス・シェトランド諸島入りするツアーがあるようだが、2日間の航海は大切な準備期間で、昔、海洋工学の研究をされているI教授が飛鳥の世界一周でデータを取っておられたが、この程度の揺れは一度体験しておけば、以後免疫ができ、肝心なところで失敗しなくて済む。というのはこの先氷海ではフィンスタビライダーは使えない。もっともCaptain E GALCIAは南極航海歴7年のベテランであり、低気圧をかわしtable wineの注がれたグラスを落とすことなくここまで上手く通り抜けてきた。
TernWilhelmina Bayにはノルウェー人がこの地で捕鯨し採取した鯨油を輸送していた時代の遺産である沈没船が残され、Tern(アジサシ)が巣をつくり周辺ではImperial Shag(キバナウ)などの鳥類が時折り目を楽しませた。
この日の天候は霙のような雨のような(Zodiac上なので雪より始末に悪い)、南極地域の温暖化を早くも肌で感じた。
Wilhelmina BayをZodiac Cruiseの場所に選んだ真の目的は、明日からの上陸をスムーズに行うための訓練が必要であったからであろう。
探検隊には私の母を含む日本からの車椅子利用者が2名加わったが、対応はじつに友好的であった。
具体的にはCruise DirectorのBeatrice Von Engelmann(ベアトリス・フォン・エンゲルマン)は母がStairsを利用するのが困難とわかると通常はCloseの2Deck Dining Roomの通行を許可し、自力でZodiacに乗船することが困難なもう一人には別のZodiacを仕立て、数名のStaffが付き添った。
通常ここまでのサービスはあり得ず、いかに良いmemberに恵まれていたかを裏付けるものである。
 
memo

February.25.2012

序章

南極について私たちはどれだけのことを知っているのだろうか。
勿論、地質学者や生物学研究者などはそれぞれの専門分野に於いてたくさんの知識を蓄えているに違いない。
なのに何故か南極の歩き方などというガイドブックは私の手元には存在しない。
仕方なく出発まで約半年間、CruiseのDestinationについてインターネットの力を借り自分なりに学習した、いや、そのつもりであった。
しかしクルーズ3日目にしてDrake Passageを抜けたところから、日本から持参の地図や知識は全くと言っていいほど役に立たないものであることがわかった。
何故なら、南極は生きたDestinationであり、expeditionはその時々の浮氷や気象の状態を見極め、多様な生物を求め舵を取り、時には地図で見つけられないほど小さな島への上陸を試み、自然が許す限り南緯限界を目指すからだ。
私はうかつにもいつの間にか定期船のようなCruise linerによるCruiseのみをクルーズであると捉え、本来のクルーズの楽しさを忘れかけていた。
Antarctic Fur Seals通常だったらPilotを必要とする狭いPassageの通過も南極に於いては船長1人の肩にかかっている。ここでは電子海図は役に立たず、昔ながらの紙の海図と船長の経験が物を言う。あまりに船長の負担が大き過ぎるということから、副船長は必ず2人乗船する決まりがある。(Officers listでは1名はIce pilotと記載)
クルーズは経験豊かなCaptain E GARCIAと優秀なExpedition Leader Nicolas(共にFrench)のもと、すべての探検家(Passenger)が協力し合わなければ成し得ない、これぞAntarctic expedition Cruiseの醍醐味である。