May.23.2019
Peace Boat’s 101st Gloval Voyage/ Day33
日中は、約1,100人のユダヤ人の命を救ったと伝えられているドイツ人実業家、Oskar Schindler(オスカー・シンドラー)の工場であった博物館などを訪ね、ホテルへの帰路、40ユーロを現地通貨のズウォティに両替した。
5人で再び旧市街へ戻り、2軒のバーにて深夜2時頃まで歓談した。
ビール、ワインやカクテル、タクシーを含めた消費は52.6ズウォティ(約1,500円)だったので、図らずも西欧と東欧の経済の差を体験した。
彼は戦争に乗じてひと財産形成を目論みKraków(クラクフ)の金属加工工場を買い取り、ドイツ労働者党幹部に近づき、ghettoから安い労働力を雇い入れたりしてホーロー製品の製造を始めるが、次第にナチス党政権に不信を抱くようになり、出来る限り多くのユダヤ人を救済したいという願望のため全財産を投じる。(中略)戦況の悪化と共に、彼の元で働くユダヤ人にも危険が迫り、工場がドイツ軍司令部からも特別の格付けを承認されていたことにより、彼は女性や子どもも含め、それらが弾薬をつくるのに欠かせない労働力であると主張、雇用者リストの作成を秘書に命じ、チェコスロバキアの国境地帯(現在のBrněnec)に新たに軍需工場を手に入れて移送した。
この頃には中継地点における軍の混乱から、Vernichtungslager(絶滅収容所)に誤って輸送された者もいたが、彼は諦めることなくあらゆる手を尽くして救い出し、約1,100人(1,200人と表記されることも多い)の命を守り、6年に及んだ戦争の終結を迎える。
- Local time May 23 (Thu) 02:15



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