February.24.2015

Peace boat-like cruise

ふじ丸や新さくら丸の時代のクルーズは、ゆとりこそあれ豪華を強調し贅沢を象徴するものではなかった。
中でも地中海クラブが運営するClub Medは、PBと似たような形態であった。
つまり正式な船員ではないGO(Gentle Organizer)と呼ばれるスタッフが船内プログラムを企画運営し、ときにはエンターティナーとなりディナーショーの舞台に立ち、子供たちにサーカスなどを教えた。
気難しい日本の老人はGOショーを学芸会レベルだとか批評したが、フランス人乗客は大変楽しんでいた。

イル・デ・パンのウピ湾ではピローグに乗りGOとピクニックなど、自然と親しむ企画が多かったが、筏のような丸木船に揺られ、ランチを広げるだけのツアーに参加するのは、殆ど外国人であった。

PBとの違いは、最初から手間のかからぬコンピューターで制御される2隻の美しい帆船(後に1隻は売却)を手にしたことで、PBも30周年を迎え、エコシップ建造の計画を持っているようだ。

このような有料のOPだけでなく、’90年代のアメリカン ハワイクルーズには、毎朝寄港した先の海岸を散策し、貝殻を拾い集め、環境を考えるツアーなどもあった。

Ocean Dreamのキャビンにはドライヤーが備えられているという、何か当たり前のような話だが、じつは’90年代初頭のクルーズでは、ドライヤーをレセプションで貸し出してくれるのはまだいいほうで、増える電力消費量に供給能力が追い付かない船も多く、また業界トップを誇るCarnivalでさえ、’98年に乗船したときはキャビンには石鹸ひとつしか置いてなかった。
いや、アメニティについては、’93年頃、北米に於いてPrincess cruisesでも、リクエスト ベースとしたことがあり、既にクルーズ客船によるゴミ排出が社会的問題になっていたと言ったほうがよいだろう。

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December.22.2014

Special Christmas on AsukaⅡ

今年は我が国のクルーズ元年と言われた1989年のふじ丸誕生から25年目に当たります。
日本のクルーズは、この25年間でどのように変遷したのでしょうか?

昨日の乗船がもし英国のどこかの港であったなら、乗船客用に専用のスペースが設けられており、十分な椅子とテーブルが用意されていたことでしょう。
残念ながら港湾関係者はあの広い大さん橋のターミナルをクルーズ客のため十分活用しているとは思えません。

Sushi-UMIHIKO一昔前のクルーズはサービスの選択肢がなく、食事は全ての人が同じ場所で、ビストロやハンバーガーグリルなどのサブレストランもありませんでした。
現在、Main dishesは数種類から選ぶことができ、軽食にもChristmas限定のwreath(リース)を添えたスペシャルなチキンバーガーが登場するなど、季節感が盛り込まれています。
飛鳥には就航したときから有料の寿司レストラン「海彦」が設けられており、リドカフェがありました。

ふじ丸やにっぽん丸(改装前)は広いウッドデッキを持っており、デッキランチも盛んに催されました。
その頃は外国船との競争がなく、各社とも毎年ほぼ同じコースで日本各地を回っていればよかったのです。

さて、最近10年はというと、Newにっぽん丸の就航した2010年以降、プレミアム感のあるクルーズが増えたのではないでしょうか?

飛鳥Ⅱは昨日横浜を出航し、8時頃清水港に入港、日の出埠頭5号岸壁に左舷着岸しております。
W乗船(2つのクルーズを一定期間内に連続して乗船すること)すると、リピーター割引が即適用されます。
大相撲クルーズとは対照的に船内のイベントは少なめで、昨晩はビスタラウンジでプロジェクションマッピングを観賞(19時~23時30分の間、15分間隔で5分間上映)したり、寿司「海彦」での贅沢な時間を過ごしました。
日本的であるのは、お酒を注文すると前菜にあたる「お通し」が付いてきます。
お通しとはお客さまをお通しすること、厨房にお通ししたことを知らせることなど諸説あるようですが、先ずは飲み物を決めて食前酒から始まるのは会席料理の流れもフランス料理のコースも会話と期待を膨らませるという点で共通しています。

一方で、PREGOで目にしたご老人は、1人だけのテーブルでちょっと寂しそうにも見えました。
もともと日本ではオフィサーやエンターティナーが食事に同席するということは限られておりましたが、メインダイニングがメインではなくなると、最近は海外でも見かけることが少なくなりました。(我が家のクルーズがここまで続いたのは、最初のクルーズでCaptain’s tableに招待されたのも一因であろう。)

清水では、1974年ポーランドで建造され、地中海やエーゲ海で社交界の舞台として活躍し、指揮者カラヤン、イタリアの実業家フェラーリ、女優エリザベス・テーラーなどが乗船した2本マスト、スクーナー型の帆船「オーシャン プリンセス(232.41t)」に乗り換え、湾内をクルージングしました。
定員141名に対し37名での貸し切り、木をふんだんに使ったクラシカルな船体は飛鳥Ⅱとは違った趣があり、スペシャル度満点のクルーズでした。

ドレスコードは2日間ともインフォーマル、ここ数年はシンプルなダークスーツに明るめのタイやシャツを好んでアクセントに加えています。
昼間は前述の如く野外活動を意識して、The North Faceのtravel jacketをベースに赤X白のcasual シャツと同系のparkaをインナーとして組み合わせ、首もとにDieselのgradation border scarfを巻きました。Nudie jeansと足元に同じくDieselのスリッポンを履き、ドレスコード適用時間帯とは正反対のメリハリの効いたコーディネートにしました。

船客が寄港地の観光を楽しんでいる間に、タレント、コメディアン、歌手、俳優、司会など多方面でご活躍のMr.堺 正章さんが乗船しました。
ファッションはいわゆる横並びではなく、パーティでは「自分らしさを追求して個性を表現するこだわりが重要」と、装いを楽しまれる様子を記事で拝見したことはありますが、飛鳥Ⅱ乗客のきちんとしたドレスコードに感銘を受けたようで、2回目のステージ※1)では写真撮影OKのサプライズがあり、ポイントは右側であることもしっかりアピール(笑)しました。
選曲は「ルート66」、「さらば恋人」、「ダニーボーイ」など、「Alexander’s Ragtime Band」(世紀の楽団)では観客の一人をステージに上げ、コミカルに共演をleadしてDom Perignon2004をpresent、「街の灯り」に続き、Finaleは飛ぶことを意味する「ボラーレ」で締めくくりました。

飛鳥ⅡのTheaterは2階席がなく、扇状に広がり程よい距離感である一方、エンターテイナーはあらゆる位置から見られることになります。
僅か45分のShow time(のはずが、僕は時計を持ちませんでしたが実際は1時間くらいだったようです。)ですが、流石一流のエンターテイナーであり人を飽きさせることがなく、細かいしぐさに至るまで丁寧で、歳を重ねることのかっこ良さが伝わってきました。

Ocean Princess


※1)

December.11.2014

大相撲クルーズ/ 2日目

AsukaⅡ(飛鳥Ⅱ)Category A 1017朝6時相模湾、終日航海であるが天候は良くないため、水平線の太陽を探しに走り回ることもなく、まずはジャグジーで心身をさっぱりする。
日本船らしく、タブのお湯の溜まりが早い。
日本船は和食が食べられるからいいねとはよく言われるが、ルームサービスもまた世界の客船でこれ程手が込み見事な食器に彩られたBreakfastは無いだろうというくらい素晴らしい。
ふとデスクに目を向けると、「A Style」という名の船内誌(季刊)ができたようだ。(全キャビンにあるのかは調べておりません。)

午前9時よりギャラクシーラウンジで大相撲文化講座が始まり、櫓(やぐら)太鼓に続き髪結いの実演や決まり手の紹介があり、45分の休憩を挟んでからのセミナーではNHK大相撲ジャーナル編集長の緒方喜治氏(NHK元アナウンサー)が司会を務め、大相撲の今と昔や見所を解説、行司の式守錦太夫氏、美男呼び出しとして人気の高い利樹之丞氏を交え、読み上げにまつわる裏方話などで突っ込んだトークがありおもしろかった。

ただ、ふたつの催しの合間に荷物を置いて席を立つ方が多くおり、またデッキスポーツの幾つかが荒天で中止になったため、午後の親方トークショーでは開場前の早い時間から列を成し、この状態はその後メインの関取スペシャルトークショーまで続くことになる。
66歳という乗船者の平均年齢を意識してではないだろうが、親方の話は、現代っ子力士を育てることに熱が入る。

Lunchはとら河豚の薄造りにふぐ唐揚げ、宮城野部屋のレシピを再現したちゃんこ鍋や北海道滝川市で生産されているという白鵬米が食欲をそそったが、今日のように一日を殆どレクチャーで過ごし、運動不足に陥るとせっかくの和牛すき焼きDinnerも食欲が続かず残念なことだ。
当然海彦の寿司も夜食もパスする。(笑)
飛鳥Ⅱの功罪は、PREGOに於いてDinner timeにBeer(EBISU Asuka Cruise まろやか熟成 生)を無料提供しており、食前にビールという独自文化を生み出してしまったことであろう。

ディナー後(2nd シーティングの方はディナー前)に行われた関取のトークショーでは、勢関が船酔いを体験していたことがネタとなり、カラオケを披露、豊ノ島関が得意とするものまねで場を盛り上げるなどしたが、勉強熱心な白鵬関はクルーズの楽しさを知るとともに情報を収集、「今度はもっと大きな船に乗ります」と爆弾発言が飛び出し、関係者を慌てさせたことだろう。
活動的な若い関取陣はプライベートな時間でも積極的にクルーズを楽しんでおり、好印象を与えた。

深夜のMariners Clubへ、どの船もそうであるが有料の施設はそこそこ空いており、Laguna Trioの演奏を聞きながらクリスマス カクテルのHolly Nightをいただき過ごした短い時間が一番優雅で船旅らしかったかも知れない。

欧米では人気の高いカルチャークルーズは日本人には理解が難しいことが多いが、現在の相撲は天覧相撲により文化が継承されたものであり、このようなカルチャークルーズは多くの人に喜ばれるだろう。

December.11.2014

大相撲クルーズ/ 1日目

にっぽん丸の客室数は202室、これに対し飛鳥Ⅱの客室数は436室あり、陸上の場合、超高級にランクインされるホテルの客室数は200室程度かそれ以下と言われているから、飛鳥Ⅱは特別な存在である。

何が人々を飛鳥Ⅱに惹きつけるのか、結して安くないクルーズ料金を払って人々が集まるのは、自分へのご褒美として成功者の仲間入りを果たしたい願望であろうか、それとも今はまだ成功してると言えないが、成功への手掛かりを求め、非現実的な世界を体験したいからであろうか。
ただの船好きとしてはどちらでもいいことであり、幸いにも自室のベランダから今日は飛鳥Ⅱ横浜港出航300回目の記念セレモニーを見ることができる。

乗船してすぐリドグリルへ行き腹を満たし、キャビンに戻り急いでRICCARDIの栓を抜き、セレモニーを見たあとは避難訓練がありセイルアウェイはパス、続いて5デッキアスカプラザで関取による鏡開きが始まるため車椅子が通行できるうちに移動した。
何故なら、避難訓練は7デッキプロムナードで行われたが、車椅子用スロープは後方しかなく、集合するときだけ訓練の一貫なのかボートステーションへ誘導され、終了すると人々を掻き分けスロープを戻らねばならなかった。
以前、避難訓練で風邪を引いたという話を読んだことあり、暖かくして集合するのが基本ではあるが配慮も足りない。
今まで最も合理的であると感じた避難訓練の手順は、1)屋内に集合スペースがあり決められた集合場所で点呼と説明を行い、2)その後各々の使用する救命艇に移動し目で確認する方法である。
プロムナードに溢れんばかりの人(750名)を滞留させるよりスマートではあるとおもうが、飛鳥Ⅱにはプロムナードの周囲に屋内集合スペースがない。

運良く鏡開きのポジションが横綱の側であったため、白鵬関より竹勺を使って、升に注いでもらった日本酒でクルーズの幕開けを祝った。
欧米から来たChristmasと日本の伝統芸能「相撲」、このアスカプラザをはじめ、このあと船内各所で不思議な光景を目にすることになる。(笑)
今晩のショーは「ホワイトクリスマス」、その後関取によるプレゼント抽選会が行われた。

※ 飛鳥Ⅱのパームコートでハープを弾く彫刻の作者、富永直樹氏は、この船が建造された長崎県長崎市のお生まれです。

December.10.2014

祝 飛鳥Ⅱ横浜港出航300回

何れ程のクルーズ歴があっても、それが飛鳥Ⅱでなければ飛鳥Ⅱをリピートする人々からは価値のないものに等しいであろう。
飛鳥Ⅱに乗船することは、いつ頃からか定かではないが、人生の成功の証に例えられるようになった。
もっともショートクルーズが精一杯の小生には背伸びした船旅であるが、他船に乗っても飛鳥Ⅱに乗船したことを自慢する人が多いのはおもしろい。

夢のようなセレブが揃う豪華客船は既に存在しないにせよ、飛鳥Ⅱが自らプレミアムと称するクルーズのひとつが、財団法人日本相撲協会とのコラボレーションによる日本の国技をテーマにした「大相撲クルーズ」であり、およそ2週間前の九州場所で第48代横綱、大鵬と並ぶ32回目の優勝を成し遂げた第69代横綱、白鵬関を始めとする豪華メンバーと至近距離で接することのできる旅なんてクルーズ以外にあり得ないであろう。

本クルーズは飛鳥Ⅱ横浜港出航300回目に当たり、大さん橋国際客船ターミナル屋上で中村大輔船長、白鵬関、稀勢の里関、勢関、豊の島関らが出席した出航セレモニーがサプライズされ、また日本外航客船協会のクルーズ オブ ザ イヤー(2014)で優秀賞に選ばれたことは喜ばしいが、乗船前に朝稽古を見学するなどのオプショナルツアーは、足の悪い人は遠慮するようにとのご案内により、母を連れて参加することが困難と判断せざるを得なかったことは悔やまれる。

中村大輔船長は飛鳥通算8代目船長、クリスタル ハーモニー(現飛鳥Ⅱ)の誕生にはプロジェクトの一員として関わってきたという人物である。
mireaに本年1月17日掲載されたインタビューでは、男性はダークスーツ1着用意すればOKと語っており、やはり世界を知っている人はタキシードの良し悪しよりその人なりを見ているのだと感じた。(笑)

大きなケースを宅配でキャビンに送り、身一つで港に行くのもひとつの方法ではあるが、リムジンハイヤーで大さん橋ターミナルに乗り付けるのも悪くない。
但し、何故か日本船のときにはポーターがおらず、相変わらずスタッフが気配りして客の荷物を運ぶことはしない。(この点に関しては最近のにっぽん丸のスタッフはよく気配りしています。)
乗船の手際が悪いことは今に始まったことではないが、キャビン番号によっては普通に手続きしたほうが早いにも関わらず確認することなく車椅子利用者ということで長い列に並ばされ、しかも私の母を世話した係は、別の係がこちらを無視して中途で連れ去ってしまい、唖然とした。

October.29.2014

360°水平線

ss Canberra海外ではJoin cruise(クルーズに参加する)という表現をよく耳にしますが、我が国でこの表現はほとんど使われていません。
唯一みんなが参加して船を出そうと言っているのは、PBさんだけです。
このことは、日本のクルーズ事情をよくあらわしているとおもいます。
写真のCanberra(P&O fleet from 1961 to 1997.)は1人でも相部屋で乗船することができ、4人で相部屋を使用した場合、World Cruiseが一人90万円台で可能だったと言いますから、世界中から乗船希望者が集まりました。
クルーズの感動は海や空、生命の触れあいとかイベントの参加などもすべてが本物であります。

我が国には、未だクルーズを輸送であるとする考え方が、根強くあります。
例えば、外国船舶による国内輸送を禁じたカボタージュ (Cabotage) 規制のクルーズへの適用や、旅行業法で言うところの事業者が旅行を造成または手配するための運送サービスにクルーズが該当することなどが挙げられます。
後者は一見分かりにくい制度ですが、運送機関のトラブルに対しては旅行会社の免責事項となります。

クルーズに対する認識不足が、様々なトラブルの元になった例もあります。
RCIのレジェンド オブ ザ シーズが2010年のGWに行った横浜発着クルーズでは、帰港当日に仕事へ向かう乗客がおり、入港後すぐに下船できないことにクレームがあったと言います。(入港後の行動には十分余裕を持ちましょう。)

鳶じつは世界で最も有名な客船と称され、2008年11月11日、Viva La vida(美しき生命)の音楽とともに英BBC放送によりSouthampton出航のFarewellが全世界に報じられたクイーン・エリザベス2は、39年の間に二度漂流しており、サガルビーも晩年は度々トラブルがありました。
「船はエンジンが停まっても浮いていることができる」とは初代飛鳥でキャプテンを務め、4回の世界一周クルーズを指揮したY.H.氏も述べており、「最も安全な交通機関である」と言われるのも頷けます。
予期せぬ場面では情報の不足等からnervousになることもありますが、デマや非協力的な言動など、その場で対応しているクルーやスタッフの妨げとなる行動は慎むべきではないでしょうか。

ss Oceanic限られた船だけがWorld Cruiseに就き、長期の航海に耐えうる設備を有しておりますが、特別な航海ゆえ予期せぬトラブルに見舞われることもあります。
客船は船価が高く、寿命が50年以上に及ぶものもあり、これら個性ある船に親しみを持つ人も多くおります。クルーズ参加者の多くはメリット、デメリットを熟知しており、ハード面の優劣より、貴重な時間を共有できることに価値を見出しています。
我が国はIMO(国際海事機関)に加盟していますので、SOLAS条約等に基づき、我が国に入港する外国船舶に対し、船舶の構造・設備等のハード面に関して監督(PSC)を実施しており、むやみに不安を煽るのは如何なものでしょう。

参加とは一員として加わり行動を共にすることを意味しますから、必ず相手がおり相互理解することが基本になります。
(クルーズ中ツアーグループなど特定のグループの中でのみ活動されている場合、グループに参加しているのであり、クルーズに参加しているとは言えません。)

我が国を取り巻くクルーズがグローバル化していく中で、参加意識を広く持つことは非常に重要に感じておりますが、多くの商業クルーズはステータスとのジレンマにあり、例えば最近よく見かけるのがクルーズ中の料理を撮影、アップしているブロガーと呼ばれる人達等で他人との相席を好まない傾向があるようです。

乗船中毎日wi-fiで情報発信されている方もいらっしゃいます。
一概には言えませんが、クルーズ中のネット依存は異外と若い人よりシニア層の方が多いようです。
ネット情報には落とし穴もあり、緊急時などは混乱を招き、貴重な電力を無駄に消費する恐れもあります。
今世紀に入るまで、船外との通信は無線室を介して行われていました。不要不急な通信は船長が判断するなら、制限も視野に置くべきでしょう。

mv Ocean Dreamクルーズにテーマを持つのは良いことですが、テーマにこだわる必要はないとおもいます。
1936年4月2日、鉄道省在外研究員の一員として日本郵船の欧州航路船、筥崎(はこざき)丸(10,413t)で神戸港を出港した島 秀雄さん(当時36歳)は、「新幹線の生みの親」と称されておりますが、新幹線をつくることを前提に乗船していたわけではありません。
けど彼は、この旅をしたことにより、帰国後自分が役に立てることが何か考えました。
新幹線の誕生はそれから28年後です。

※ PSCとはPort State Controlの略で、日本に寄港する外国船に対する立入検査のことを言います。

July.05.2014

Ocean Dream(2012-2020) /2

1981年建造のMS Tropical(現Ocean Dream)はCarnival cruise最初の新造船であり、新しいルートや市場への投入におけるテスト的要素があったようだ。
この船を建造したAalborg Vaerft(Shipyard in the Denmark)は、1988年に閉鎖されているが、冬季の日照時間が短い北欧特有の自然採光を多く取り入れたモダンな設計と、高い位置のボートダビットなど一部には古典的な様式を見ることができる。

従来、ピースボートの使用船舶が日本各地に入港したときにはボランティアスタッフが集まり広報活動を兼ねた船内見学会が無料で開かれていたが、今回より500円の参加費を徴収する形に変更された。
昨今のクルーズブームも手伝い、無料ではもはや混雑が限界にあり、ワンコインで将来のエコシップ建造を夢描くのも悪くないのではないか。

仕事の都合で地元横浜より一日早い東京の見学会に参加した。
聖路加ガーデンよりTAXIを利用したが、運転手に晴海の客船ターミナルと伝えても場所が把握できず、銀座のTAXIの質が落ちたのか、東京の海の玄関口としての知名度が低すぎるのか、ナビゲーションを頼り過ぎるとそこが立ち入ってはいけない箇所であっても注意力に欠け、船に例えれば暗礁に乗り上げるような結果になる。
電子海図で遭難してしまうのもこんな感じなのだろうか、幸いCruiseでは今まで素晴らしいCaptainに恵まれていた。

朝がた天候が悪かったこともあり、午前中の乗船はとてもスムーズであった。
クルーズ史的に意義ある客船を自由に見学できることは何度も足を運ぶ理由のひとつであるが、ボランティアスタッフによる様々な洋上生活をImageしたDecorateに加え、いくつかのキャビンではCabin attendantによるTowel Artが添えられ、Realityであると共に、CrewとStaffのcommunicationを感じた。

5年前より子供連れの家族の旅を応援するプログラムが実施されています。
Family roomsのDecorateがとくに素晴らしかった。

Family Standard Baja Deck(6)/ 6136
Family Standard 14㎡ 角窓
Baja Deck(6)/ 6132
Family Economy 12㎡
Family Economy

June.20.2014

European vacations with Regal Princess/ 6

Veniceに向け最終日の午後、チャリテイ ウォークがあり、寄付金の申し込み用紙がキャビンに配られた。
昨年、Sun Princess船上では参加しており、今回も参加したかったが、下船前日はレセプションが混み合っており、断念した。

Venice入港時刻は6月2日の午前4時と記されており、何故こんな時間に入港するのか疑問であった。
ひとつにはVeniceで全ての乗客が入れ替わるため余裕の欲しかったことが考えられるが、Giudecca Canalの通行は船会社にとってセールスポイントでもある。
となると昨年9月21日に起きた大型客船入港反対デモに関連してであろうか。

多くの人が期待したであろう、それに応えるようにCaptainよりSurpriseな計画が告げられたのは終日航海の日に開催されるPub Lunchの頃であった。
入港が今夜に改められ、22時過ぎにGiudecca Canalを通行することで調整が図られた。
夕刻キャビンに配られたLogには既に修正後の入港時刻が記され、客室TVをbridge cameraに切り替えた。

バルコニーから眺めるVeniceの街は、まるでミニチュアセットを並べたようであり、橋や教会などの歴史的建造物が幻想的な世界を創り魅了した。

一夜明け6月2日はイタリア共和国記念日であった。

Veniceでは入港したことを伝えるNewsも歓迎行事のようなものもなかった。
(Princess cruisesは5月20日にRegal Princessの伝統的な命名式を11月に北米で行うと発表した。)

Veniceにおける最近の研究では、ヴェネチア共和国が千年にわたりラグーナとの共存を図り海と陸地のバランスを保ってきたこと、イタリア統一後にこのバランスが壊れ、アドリア海の浸食が始まったこと、さらにGiudecca Canalを迂回するルートとして計画中のContorta-Sant’Angelo Canalにおいてはラグーナの一層のダメージを懸念する有識者の声があることなどが論じられている。
皮肉なことにこれらの知識を得る機会をクルーズに参加することで得る人も少なくないだろう。

Piazza San Marco(St. Mark’s Square)and the Palazzo Ducale(Doge’s Palace)
 
サン·マルコ広場とドゥカーレ宮殿
Basilica di Santa Maria della Salute
 
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
Velencei kanális(Venetian canal)
 
ベネチアの運河

MS Thomson Majesty
(40,876 GT)
gondolier
Ponte dei sospiri(Bridge of Sighs)
 
ため息橋
Water Taxi Stand near San Marco(St. Mark’s Square)

June.18.2014

European Vacations with Regal Princess/ 5

アドリア海に入って2日目の午後、クロアチアのDubrovnik(ドゥブロヴニク)に入港した。
Regal Princessは旧市街から1.4マイル離れたGruz(グルージュ)の港へは入らず、Lokrum(ロックルム)島の前に錨を下ろす。
ここは眺めが良く直接旧市街へアクセスできるのでクルーズ船に人気の場所である。

日本出発前、大きな船はTender boat使用を伴う東地中海のクルーズには向かないであろうと聞いたが、本船が波をしっかりブロックするので十分なboatの席数が確保されれば案外スムーズに乗降できることがわかった。
Regal Princess搭載のPL14というHatecke(Germany)社製のTender boats(14.7m×5.8m)は開発に2年と1,5 million Euroを要した。
universal designの革新的なboatは約240名(うち41名はroof top)が一度に乗船でき、車椅子も折り畳まずに載せることができる。(利用者が使用したまま乗船できるという意味ではありません。)

“Love Boat”のストーリーを語る上で欠かせぬ初代Pacific Princessの斬新なDouble DeckのLobbyはRegal PrincessではItalyのSquareをimageしたより開放感溢れる空間となった。
Gelato(one scoopは無料、two conesは有料?)に立ち寄り、Vines(ヴァインズ) Wine Barで合流してGala(4)DeckのTender Embarkationに向かった。

Frozen(アナと雪の女王)のロケ地がNorwayのBergenやStav church等であることは疑う余地もないが、俯瞰した街の姿や港の美しさはここDobrovnikの街をイメージするに十分である。
Tenderの着くOld Portの水面には群れる魚の姿があった。
ここがムール貝の料理の本場であると聞いた翌日、船内最後のディナーにはムール貝のワイン蒸が出た。
ケーブルカーに乗りMt.Srd(412m)の頂上から見る海はさらに綺麗である。

20時出航、アドリア海の宝石とはまさに薄明かりの空と海に流れ込むように散りばめられた家々の煌めきを指すのであろう。
“The LoveBoat”のtheme songが、TuningされたHornで奏でられ、Cruiseの想い出を一層深くした。

sample:


fish in the clear water
Traditional Costumes

Mount Srd – Regal Princess
Mount Srd – panorama view to Dubrovnik old town & harbour
Beautiful view to Dubrovnik old harbour by night

June.17.2014

European Vacations with Regal Princess/ 4

Santorineにて出航に1時間14分の遅れが発生したことから、Katakolon(カタコロン)入港予定時刻が9時00分に繰り下げられていたが、その後242Milesを20.2Knotsにて航行の結果、7時28分にPilotを乗せ、8時19分に着岸することができた。(Captain Edward PerrinのLogより)

本船の推進システムは信頼性ある在来型プロペラを採用しており、処女航海としてはかなり速い速度であったはずだが、これによる振動などは一切感じられず、素晴らしい。
船型は船尾から見るとヨットのような完全な逆Tバック型をしており、従来凸型である船体の左右を削り、上に持って来た格好になるので見かけより重心は低く、省エネ効果があるのかも知れない。

今回のパッケージには予め寄港地観光が含まれており、以後はそれに参加した。
Olympia観光に向かう際、港周辺には馬車やトレインなど、幾つかの気になる乗り物があった。

一見、屋根のついたカウンターバーのようなBierBike(ビアバイク)はオランダからヨーロッパ各地に広まり、観光しながらビールを飲み、運動もできるという優れもの?である。
ペダルを漕げる人数は10人程、漕がないですむ席が数席ある。
Olympiaから戻り、飲物込み5ユーロでbeachへ向けペダルを漕いだ。

昨今の日本ではビールを飲みながらバイクを漕ぐなんてもってのほかであろう。
防波堤に老人老女が腰かけ本船の入港を目に焼き付ける姿もごく自然で印象的であった。

Regal PrincessにはAny time Diningを含むMain Diningは3つあるが、毎日きっちりフルコースを採るという人は減少傾向にあり、実際Dinner timeにHorizon CourtやBistroで食事する人を多数見た。
The Pastry Shop(無料)など設備の充実も後押しする。

6Deck AftのAllegro Diningに顔を出したのは3回だけで、この晩は$20でCrab Shack(蟹小屋)に参加した。
気分はAlaskaで、50名程の作業台?が用意され、Pailに盛られたVegetableやSeafoodと共にSteamされたKing Crabの解体を楽しんだ。

Olympia:
Philippion
Olympia:
Nymphaion
Katakolon Train Station
BireBike
May30, 2014
Horizon Bistro Horizon Bistro & Court / Lido(16)Deck
Inside 900 Seat – Outside 350 Seat
 
Chefが目の前で調理するAction Stationを挟む通路の外側両サイドにはParisのBistroを模したbistro-style dining tablesなど様々な形の席がある。
International Cafe
Plaza(5)Deck
International Cafe
The Piazza The Piazza
Plaza(5)Deck
WaterColor Fantasy-Musical Fountain Show
Lido(16)Deck

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