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August.08.2015

Peace&Green Boat 2015 /8

長崎の原爆投下から明日で70年を迎える。
日本が被爆国であることは悲しいことだが、核(原発を含む)を保有して人々に悲しみを与えることはもっと哀しい。
午前中、多くの方の寄付によって完成した宇井孝司監督のアニメーション映画、「ゼノ~かぎりなき愛に~」を鑑賞した。
1930年に日本を訪れ、戦時中も日本に留まり、1945年8月9日、長崎の修道院で祈りの最中被爆した修道士、ゼノ・ゼブロスキー氏の半生を描いたドキュメンタリーで、自身も被爆者である彼は、終戦直後から他の被爆者や戦災孤児たちの救済活動を行うとともに、生涯愛の大切さを説き、日本のマザーテレサと呼ばれている。
現在の政治に愛はあるだろうか。

午後は現在カリフォルニア州で暮らす笹森恵子さんから被爆証言を聞いた。

彼女は当時13歳の女学校一年生であった。
その日は真っ青な空にB29が見えた。
それまで広島に焼夷弾が落ちたことはなく、銀色の飛行機を眺めていた。
怖いとはおもわなかったという。
白い物が落ちるのを見たその後、もの凄い力で後ろに倒れるのを覚えている。
気がついたとき、あたりは真っ暗であった。
灰色の霧が薄れ、周りを見たとき同級生は誰もおらず、大人は幽霊のようであった。
※ 激しい爆風と摂氏3000~4000度といわれる熱線。
被爆者の多くが、表皮層が落ち、痛覚神経が剥き出しになり、皮膚が溶けた腕がこすれないように、両手を突き出していたことから、幽霊に例えた証言は数多くあります。

音は何も聞こえず、誰一人まともな人はいなかった。

上記は証言の一部であるが、被爆者の言葉以上に伝えるものはない。

彼女はアメリカで暮らすことにより、結婚生活を営み、子供を授かった。
アメリカには被爆者だからという理由の結婚差別は存在せず、被爆2世への遺伝子的影響について質問がなされるも、被爆2世というハンディもまた、彼女には耳慣れない言葉であった。

戦争はどっちが悪いではない、どうすれば無くせるか活動しているのだという。
戦争で亡くなられた方を国籍で分けて考えたことはないという、愛が必要だという。

皆が何もしなければ、地球がなくなる。

放射能は見えない、味がない、感じない。

今日は明日長崎に入港するこのクルーズの意義を共に考えようとおもう。